【開催レポート】核兵器禁止条約成立を先導したオーストリア外交官の翻訳本 出版記念の公開講座開く ー対話の重要性を強調ー
核兵器禁止条約をめぐり、オーストリアの外交官、アレクサンダー・クメントさんが条約成立の背景などを描いた著書の翻訳本『核兵器禁止条約 ー「人道的イニシアティブ」という歩み』(白水社)が出版され、記念の公開講座が7月4日、東京都千代田区の明治大学駿河台キャンパスで開かれました。クメントさんもオーストリアからオンラインで参加し、学生たちと活発な質疑応答を交わしました。
クメントさんはオーストリア外務省で軍備管理軍縮局長を務めており、核兵器禁止条約の成立を先導しました。公開講座は「そうだったのか!核兵器禁止条約」と銘打ち、明治大学法学部山田ゼミの主催、核兵器をなくす日本キャンペーンと白水社の協力によって開催され、オンラインも含めて約110人の参加がありました。
講座では冒頭、ゼミを率いる明治大学兼任講師の山田寿則さんが、核兵器禁止条約の概要について説明。核兵器の包括的な禁止が定められていることや、核使用や核実験による被害者の援助やそれらで汚染された環境の修復に取り組むことが盛り込まれていることに触れました。クメントさんの著書に関しては、条約成立までにクローズドで開かれた非公式会合がたくさんあり、「その中でどんな議論がなされたかということが、赤裸々に書かれている。読んでいて、ワクワクするような書きぶりになっている」と紹介しました。
続いて、翻訳者の一人であるNHK記者の古山彰子さんが登壇し、出版に至る経緯を説明しました。2011年にNHKに入局した古山さんは初任地が広島放送局で、被爆者の方々を取材して、「核兵器は絶対悪であり、二度と使われてはいけない」と確信したといいます。古山さんがクメントさんと初めて会ったのは、14年8月に広島で行なわれたフォーラムにクメントさんが来日したのがきっかけでした。その後も継続的にクメントさんに対する取材を続けていましたが、21年5月にクメントさんが核兵器禁止条約が生まれる過程を綴った本を出版したと聞き、取り寄せて読んだところ、非公式会合の内容なども盛り込まれた面白い本だと感じた、といいます。
古山さんはこの本を通じて、「外交の舞台裏を詳しく伝えることができたら、核兵器禁止条約への理解が深まり、より建設的な議論につながるのではないか」と感じ、クメントさんに「私が翻訳して日本で出版したい」と話をしたところ、快諾を得ました。翻訳にはフランス語が専門の林昌宏さんが全面的に協力しました。古山さんは「核兵器の問題は難しい問題であるからこそ、さまざまなソースの情報を集めて議論することが大切だと思う」と語りました。
次にクメントさんのスピーチに移り、冒頭、「私の核兵器禁止条約についての本が、日本語で翻訳されるということは予想していなかったので、本当にありがたい。この本が日本で興味を持たれ、核兵器についての議論に貢献することを願っています」と挨拶しました。
クメントさんは、ロシアによる核の威嚇や中東情勢など、世界には危険な状況がたくさんあり、核戦争へとエスカレートするリスクがある、と厳しい現状に触れたうえで、「核保有国の核軍縮の義務やその履行に対する信頼性が低下し、NPT(核不拡散条約)が大きな苦境に立たされている今、核兵器禁止条約は核軍縮、核不拡散体制を強化する重要な役割を担っている」と強調しました。また、「核兵器禁止条約は核抑止論のパラダイムから抜け出す道を示し、それは、核抑止論が破綻した場合に、核兵器がもたらす破滅的で世界的な影響について、科学的な根拠に基づくものだ。核兵器禁止条約は、核抑止論の不確実性とリスクを強調することで、『核抑止の安定性』という核抑止論の核心的仮定に、疑問を呈している。つまり、核抑止が失敗する可能性は確実にある、と言っているのです」と核抑止論の問題点を指摘しました。
さらに、クメントさんは「核兵器禁止条約はまだまだ若い条約だ。この条約の加盟国は徐々に増えており、93カ国が署名し、70カ国が批准している。この禁止条約は世界の核秩序によって権利を奪われている非核保有国の大多数に発言の機会を提供することで、すでに大きな影響を及ぼしている。そして核兵器の被害者や被爆者の声を代弁している。核兵器禁止条約の普遍化と核兵器禁止に関する議論は、この条約の重要な目的だ。同時に核兵器がもたらす人道的影響とリスクに関する根本的な根拠を訴え続けることも重要だ。核兵器禁止条約の多国間の努力は、核兵器と安全保障の問題に関する別の新しいアプローチを示している」などと語りました。
質疑応答では、会場の学生やオンライン参加者などからたくさんの質問が寄せられ、クメントさんから丁寧な回答がありました。
「核保有国に対してはどのようにアプローチしていったらよいか」との質問について、クメントさんは「核保有国や日本のように『核の傘』にある国々の安全保障に関する考え方は、『核は安全を保障する』というものだ。核兵器禁止条約を推進している、150カ国の核を持たない国とは全く違う考え方だ。ほとんどの国はそのようなことを信じていない。リスクとか人道的な影響を懸念している。核兵器禁止条約は地球そのものの安全を保障するため、核が存在している限り、私たちすべてにリスクがあると考えている。核保有国へのアプローチに必要なのは、継続した対話を持ち続けることだ。人道的な影響、核兵器のリスク、安全保障に対する脅威、核兵器がもたらすリスクについて話し合いを持つ。どのような対話かといえば、安全保障の専門家の対話だけではなく、より広い社会的な議論を持つということだ。例えば医療・医学の専門家、環境や人権に取り組んでいる人たち、さまざまな視点で。今まで核兵器の議論に参加しなかった人たちが、この議論に入ることになる」などと述べました。
「クメントさんが日本の若者に期待する行動は何か」との質問には、「核兵器の問題は、世代間の問題としても非常に不平等なものだ。今の世代が核兵器を使ってしまったら、次の世代がその劇的な影響を受けてしまう。これは地球規模の問題で、核兵器も環境問題も気候危機も同じことだ。若い人たちが次の世代のために、まず情報を持つこと。核を推進している人たちの議論に、まず疑問を持つことだ。よくみると説得力のない議論が多いので、問題に注目して疑問を持って、社会的な議論を持つ。今の政治家などのリーダーにそのような議論を求めることが、若い人たちの一つの役割だと思う」との回答でした。
オンライン上では、クメントさんが核兵器禁止条約の交渉をリードした際の思いについて尋ねる質問もあり、「2014年に日本を訪問し、広島の式典、長崎の式典に参加する機会があった。光栄なことに被爆者の方も数名お会いすることができたが、子ども時代を過ごされた場所、実際に被爆をされた場所に一緒に訪問するという経験があった、その被爆者の方が、何十年経った今でも、その話をするのが簡単ではない、すごくつらいということを間近に見ることで、大きな影響があった。窓のない国連の会議室の中にこもっている外交官ではなくて。それ(核兵器の問題)を具体的なテーマにするということ。抽象的な、外交官だけが話すという問題ではなく、具体的に人間に関わる問題であるということを、被爆者の方々がリマインドしてくださることが、私たちのモチベーションになっている」とクメントさんは振り返りました。
さらにオンラインで繰り返し質問が出ていた「世界大のインターネット署名を集めて、大きな運動を進めていく必要があるのではないか、という提案について、どう思うか」との質問に対しては、クメントさんは「核兵器の問題の中で、一番大きな問題は多くの人たちが『知らない』ということだ。私たちは生存に関わる大きな問題について、考えることを望まないし、核兵器の使用という恐ろしいことに関して考えることも、気持ちのいいものではない。人間は、ひどい恐ろしいことを考えるより、そういったことを無視するという傾向がある。それが一番大きな核軍縮が進まない理由だと思う。注目も足りないし、知識も足りない。そういった意味で、多くの人たちを巻き込むようなことは、全部いいアイデアだと思う。それをグローバルなレベルですることも大事だ。私がいつも言うことが一つある。『一つずつの会話しかできないけれども、一つ一つの会話から進めていくことが大事だ』。私の経験だと、会話をしている時に丁寧に話せば、これは重要なことだと理解してくれる。そのような取り組みもいいアイデアだと思う。この核の問題について、意識を向上していく、教育をしていく、というあらゆる行動が大事だ。そういった意味で、日本はたくさんの意味あることをしていると考えている」と答えていました。
竪場勝司(ライター/核兵器をなくす日本キャンペーンボランティア)