Campaign News

2025年04月14日

核兵器禁止条約第3回締約国会議の宣言と決定について

はじめに

 2025年3月3日から7日までニューヨークの国連本部において核兵器禁止条約(TPNW)の第3回締約国会議(3MSP)が、56の締約国や31のオブザーバー国、多くの国際組織、市民社会組織が参加して開催された。最終日には「世界情勢が不安定化する中、核兵器のない世界へのコミットメントを強化する」(日本語訳はこちら)と題する政治宣言と4つの決定がコンセンサスで採択された。

 TPNWの締約国会議(MSP)はTPNWの運用上の諸課題を扱うだけでなく、「核軍縮のための更なる措置について」も検討し、決定する場とされている(条約8条1)。現在、核使用の威嚇が繰り返される中で核使用のリスクが高まっており、世界全体の核弾頭数も増加している。例えば、科学諮問グループ(SAG)が3MSPに提出した報告書では、2025年初頭の世界の核弾頭数は12,300発であり、これは2024年初頭の12,120発を上回っていることが指摘されている(TPNW/MSP/2025/WP.5, p. 2, para. 6.)。

 このような核をめぐる世界情勢のもとでの3MSP開催は、「核軍縮に向けた更なる措置」につきどのような議論が展開されるか注目される会議であった。

 本稿執筆時点で、3MSP公式サイトに最終報告書は掲載されていない。本稿の記述は、会議に提出された報告書草案(TPNW/MSP/2025/L.1)と会議の議事で修正された内容に基づく。以下、決定および宣言についても同様である。なお、決定と宣言は提出された草案が修正されることなく採択されている。

1.何が決まったのか

 3MSPにおいては、4つの決定がコンセンサスで採択された(TPNW/MSP/2025/CRP.3.)。

 まず、決定1では、従来の会期間構造が、一部の例外を除いて第1回検討会議(後述)まで延長され、別表のように担当国に変更が加えられた。

 また、同決定では、一部の非公式作業部会の任務につき、拡大や強調が行われている。普遍化の非公式作業部会については、「核兵器禁止条約に基づく各国の安全保障上の懸念に関する協議プロセスのコーディネーターの報告書に含まれる勧告を考慮して、条約の普遍化をさらに促進するための潜在的な成果物を策定する」ことが新たに含まれた。後述するように、これまでの条約締約国内の協議にとどまっていた核抑止に基づく安全保障パラダイムに挑戦するプロセスが、今後は普遍化、つまり核武装国・核依存国を含む条約非締約国に向けて開かれ、展開されることになった。第4条の実施に関する部会については、「特に権限のある国際的な当局の将来の指定に関連する作業」を行うことが強調されている。

 次に、決定2では、第1回検討会議が2026年11月30日から12月4日までの週にニューヨークの国連本部で開催されることとされ、議長国として南アフリカが選出された。検討会議は、条約が発効してから5年の後に「この条約の運用及びこの条約の目的の達成についての進展を検討するため」に招集される会議である(条約8条4)。第1回締約国会議(1MSP)で採択されたウィーン行動計画の進捗状況や行動計画それ自体の見直しも検討されるかもしれない。

 さらに、決定3では、被害者援助および環境修復に関する国際信託基金に関する諸事項が定められている。まず、被害者援助・環境修復に関する非公式作業部会において、基金の設置に向けた、「ありうべき指針、技術的規定および/または付託条件」についてさらなる集中的審議を行うこととした。この審議においては、共同議長が今回の締約国会合に提出した報告書で提示した指導原則(TPNW/MSP/2025/4, paras. 34-40.)を考慮することとされており、また、基金についても「実現可能で、効果的かつ持続可能な」ものであることが示されている。同決定は、基金を第1回検討会議において設置することを念頭に、共同議長がこれに関する報告書を検討会議の4ヶ月前までに提出することも定めている。

 最後に、決定4では、科学諮問グループ(SAG)の任務の更新に関する協議プロセスを開始することが定められ、メキシコがこの協議プロセスのコーディネータとして任命された(別表参照)。

2.宣言の特徴

 採択された宣言は、全40項からなる(会議に提出された宣言案(TPNW/MSP/2025/CRP.4.)参照)。政治宣言とも呼ばれ、それ自体は法的拘束力はないが、締約国による条約運用や核軍縮に関する姿勢を示すものとして注目される。過去2回の政治宣言とその構成はほぼ同じであるが、これらと比較すると、今回の宣言には以下のような特徴がある。

 第一に、核兵器の非人道性について科学的証拠に基づき主張し、これを核抑止政策と対比して後者の問題性を指摘するという、いわゆる「安全保障上の懸念」に関する協議プロセスの成果が反映されている。

 このプロセスは第2回締約会議(2MSP)においてオーストリアが提唱し、開始された締約国間での協議プロセスであり、以下2つの点につき包括的に議論し勧告を提示することを目的としていた。すなわち、①核兵器の存在と核抑止の概念から生じる、条約に明記されている正当な安全保障上の懸念、脅威、リスク認識をより適切に推進し、明確に表現すること、および②核兵器の人道上の影響とリスクに関する新たな科学的証拠を強調・促進し、これを核抑止に固有のリスクおよび前提と対置させることにより、核抑止に基づく安全保障パラダイムに異議を唱えること、である。このプロセスのコーディネータに任命されたオーストリアは、3MSPにおいてこの協議に基づく報告書(TPNW/MSP/2025/7)を提出した(この報告書の仮訳はこちら)。

 3MSPでは多くの参加国がこの報告書を評価・歓迎しており、その内容が宣言にも反映されている。例えば、核兵器の人道上・環境上の壊滅的な結末については、これが「新たな科学的証拠によって裏付けられて」おり、「この研究の蓄積からは、核兵器の影響が、これまで理解されていたよりも深刻で、連鎖的で、長期的で、複雑であることが確認されており、これは、環境、社会経済の持続可能な発展、世界経済、食料安全保障、そして現在と将来の世代の健康に対する長期的な被害を伴う」(パラ13)と指摘した上で、「われらの活動は…科学的証拠に基づいたものであり、また、そうでなければならない」(パラ14)としている。対する核抑止政策については、「核抑止は、すべての人々の生存を脅かす核リスクの存在を前提としている。意図的であれ偶発的であれ、核兵器のいかなる使用も壊滅的な人道上の結末をもたらすことになる」(パラ24)と批判し、「核兵器の使用または使用の威嚇は、国際連合憲章を含む国際法に違反し、容認できないものであり、国際人道法に反するものであることを強調」している(パラ27)。特に、「核兵器は、核兵器を保有しているか、核抑止に賛成か断固反対かにかかわらず、すべての国の安全保障、ひいては国の存在そのものに対する脅威である。核兵器に内在する危険性と、その国境を越える世界的な結末は、すべての国の安全保障が核兵器によって脅かされていることを明らかにしており、したがって、すべての国は核兵器の完全廃絶を緊急の安全保障上の関心事としている」(パラ28)としている点は、核兵器の存在が国の存立に関わる脅威であるとの認識を核兵器に対する立場の違いを越えた共通認識として提示しているものとして注目される。

 第二に、このような対話重視の姿勢は、核兵器を汚名化・非正当化するという取り組みへの言及がなされていない点からも見てとれる。第1回と第2回の宣言では、核兵器を汚名化・非正当化することで廃絶に繋げるというコミットメントが盛り込まれていた(TPNW/MSP/2022/6, Annex I, para. 8, and TPNW/MSP/2023/14, Annex I, para. 22.)。今回の宣言では、これら核兵器の汚名化・非正当化には言及されていない。3MSPでは「安全保障上の協議プロセス」を踏まえて、条約の普遍化の取り組みが進められることとなった(前記決定1)。これを主導するオーストリアは、前述の報告書を「敵対的なものではない」としており、対話重視の姿勢を示している(第9回会合(3月7日)でのオーストリア代表の発言)。

 これに関連して、今回の宣言では「国際社会のすべての構成者間の信頼を醸成し、最上位にある国際公益である核兵器のない世界を実現し維持する必要性を再確認」している点も注目される(パラ39)。「最上位にある国際公益」(a global public good of the highest order)とは、TPNW前文5項の文言だが、ここには、従来の規範論の観点から核兵器を汚名化・非正当化することから、公益という利益論の観点から核兵器廃絶を訴える締約国の姿勢の変化を読み取ることも可能だろう。

 第三に、被害者援助・環境修復の取り組みについての言及が拡充された。1MSPおよび2MSPの宣言における言及は1〜2項目にとどまっていたが、今回の宣言では、6項目に及ぶ(パラ15〜20)。特に、「すべての国家が…被害者の援助、被害の是正ならびに環境破壊の修復を援助する責任を共有していることを再確認」(パラ15)した点は、核使用・実験国等のTPNW非締約国を含めた、国際社会のすべての国家が被害者援助・環境修復の責任を共有しているとの立場を明らかにした。また、核実験被害との関わりで「われらは、核実験禁止の国際的なタブーを損なうようなレトリックや行動を、核抑止という誤った考えを補強する手段となるものを含め、非難」した上で、「核実験という恐ろしい負の遺産を歴史に葬り去るよう強く要請」(パラ19)している。ここには、核抑止の実効性を確保するための核実験を非難するとともに、核実験は核抑止を補強するものであり、敷衍すれば、核抑止は核実験被害という犠牲の上になり立っているとの認識が示唆されている。

3.今後の課題

 2026年の第1回検討会議に向けてた課題として2点指摘しておきたい。

 ひとつは、被害者援助・環境修復規定の運用である。特に国際信託基金の設置の行方が注目される。今回の会合では、設置される基金についての「指導原則」については、共同議長の提案通り採択されたと言ってよい(決定3)。だが、基金をめぐる争点はまだ未解決のままである。特に、非締約国を含めて基金への拠出を認めるかについては、慎重な姿勢を見せる国が存在する(第7回会合(2025年3月6日)での南ア代表およびインドネシア代表の発言参照)。これは、一方で基金の実現可能性や持続可能性を重視するか、他方で条約目的に対する基金の誠実性を重視するかの相違であり、核武装国・核依存国による拠出や何らかの基金への関わりが、同諸国の核軍縮への取り組みを推進することにつながるか、あるいはつなげられるかという問題でもある。

 基金の他に、広く被害者援助・環境修復についてみると、2MSPにおいて採択された自発的報告の書式に則った報告を3MSPで提出した国はいない。SAGの報告書では、現時点で自国の領土内で核実験が実施された締約国はカザフスタンとキリバスのみであるとして、この両国における核実験の人道上の影響について記述しているが、必ずしも包括的な内容ではない(TPNW/MSP/2025/WP.5, pp. 13-15, paras. 60-66.)。1MSPにおいて採択されたウィーン行動計画(例えば、行動31では予算と時間枠を含む国家計画の策定が求められている)についても、その十分な実施は今後の課題となっている。

 もうひとつは、条約の普遍化である。前述したように、安全保障上の懸念に関する協議プロセスの成果を踏まえて、条約の普遍化の取り組みが今後進められることとなった。この取り組みの中で、核抑止に基づく安全保障パラダイムへの異議申し立てがどのように影響力を持つかが注目される。3MSPでは、多くの参加国が前述したオーストリアの報告書を歓迎・評価していたが、懐疑的見解があったことも事実である(第9回会合(3月7日)におけるエジプト代表発言)。なお、この科学的証拠を提示しつつ安全保障上の懸念について丁寧に対話を進めるという手法に対しては、早くも反応が見られる。日本政府により立ち上げられた「国際賢人会議」の提言(2025年3月31日)では、中核的な原則の一つとして「全ての国は、核兵器への依存から脱却するために努力し続けなければならない。核抑止が安全保障の最終的な形態であるとこれまで示されたことはなく、またこれからもそうあってはならない」とした。その上で、「緊急の措置」として、「全ての国は、脅威認識や安全保障上の懸案に関する対話を行い、これを持続させる」こと、および「全ての国は、抑止が想定する前提、核政策と国際人道法との整合性、核戦争の影響、及び核軍縮へとつながるであろう安全保障を維持するための代替的措置についての、適切な国際フォーラムでの議論に広く参加することにより、NPT締約国やTPNW締約国間を含め、抑止の見方と軍縮の見方の間の橋渡しをすべく取り組む」ことを挙げている。日本政府は、今後このような議論に真摯に向き合う必要がある。

おわりに

 TPNWのMSPは、条約の運用を検討しつつも、それにとどまらず、さらなる核軍縮に必要な措置につき議論する場としての性格を明らかにしてきた。MSPは、NPTともジュネーブ軍縮会議(CD)とも国連総会第1委員会とも異なる特徴を持つ。2026年の「検討会議」に向けての取り組みと、同会議におけるさらなる展開に注目しておきたい。

【付記】本稿は、『法と民主主義』2025年5月号掲載予定の拙稿を大幅に加筆・修正したものです。

山田寿則(明治大学兼任講師/公益財団法人政治経済研究所主任研究員)


別表 会期間構造の担当国

3MSPから検討会議まで2MSPから3MSPまで
普遍化に関する非公式作業部会(共同議長)オーストリア
ニュージーランド
ウルグアイ
南アフリカ
ウルグアイ
第4条の実施に関する非公式作業部会(共同議長)マレーシア
フィリピン
マレーシア
ニュージーランド
ジェンダー・フォーカル・ポイントマルタメキシコ
TPNWと既存の核軍縮・不拡散体制との補完性(非公式ファシリテータ)アイルランド
タイ
アイルランド
タイ
被害者援助、環境修復並びに国際協力および援助に関する非公式作業部会(共同議長)カザフスタン
キリバス
カザフスタン
キリバス
科学諮問グループ(SAG)の任務の更新に関する協議プロセス(コーディネーター)メキシコN/A
安全保障上の懸念に関する協議プロセス(コーディネーター)N/Aオーストリア
MSP議長国南アフリカ(第1回検討会議)カザフスタン(3MSP)

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