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2024年05月01日

【レポート】オンライン対談「オッペンハイマーを語り尽くす」

核兵器をなくす日本キャンペーンでは4月7日、3月下旬から日本で公開されている映画「オッペンハイマー」を題材に核兵器の問題などについて語り合う、オンライン対談「オッペンハイマーを語り尽くす」を開催しました。

映画通として知られる長崎大学核兵器廃絶研究センター教授の鈴木達治郎さんと米国デュポール大学教授の宮本ゆきさんが、映画で描かれたこと、描かれなかったこと、科学と戦争の関係など、様々な視点から意見を交わし、充実した対談となりました。対談の聞き手は日本キャンペーン事務局の浅野英男さんが務めました。

まず、宮本さんが「原爆の父」と呼ばれたオッペンハイマー博士の人生の歩みと、時代背景、マンハッタン計画の概要などについて説明。ベルギー領コンゴのウランが良質で、当時のナチス・ドイツがそれを狙っていたが、1942年にはアメリカがコンゴ内陸の鉱山から港へ運び出すルートを確保し、43年には全てのコンゴ産ウランがアメリカに輸出されたことで、ドイツの原爆開発の断念につながったことや、アメリカのマンハッタン計画が大規模な予算を伴う国家の巨大プロジェクトだったことなどについて、言及がありました。

映画を見た感想は?

鈴木さん:映画ファンとしては、素晴らしい映画だというのが第一印象。重厚で難解な映画だが、脚本、監督、映像、音楽、音響、すべてが超一流の作品だ。核の問題を取り上げた過去の映画を上回る、すごいインパクトがある映画なので、この映画を見ることによって、核問題に興味を持つ人が増えるのではないか。

この映画は1年前にアメリカで公開されたが、アメリカでの受け止めはどうだったか?

宮本さん:「核兵器に関して知らないことがたくさんあった」という学生や、反共産主義の風が吹き荒れて、人々の自由がなくなっていくというところで、今のアメリカの民主主義の危機と重ね合わせて見る学生もいた。大量破壊兵器という巨大プロジェクトを主導した人物に焦点を当てることに関し、あまり疑問を持っていない、という感じも受けた。アメリカでは冷戦の時の構造が後を引いていて、核抑止論が根強いので、受け止め方が「これ(核抑止が破綻して核戦争)が起きたらどうしよう」という感じになっている。これまでアメリカだけでも多くの核実験をして、ものすごい数の被ばく者がいるのに、そういう人たちをまったく考慮しないで、まだ何も起きていないかのような言説が広がっているように思う。

日本での反響についてはどうか?

鈴木さん:映画で描かれなかったものについて議論が起きることは私も想像していたが、描いているものについての議論も意外と起きてきた。オッペンハイマーという科学者の人生を描いてはいるが、その中から核兵器がもたらす被害についてのオッペンハイマーの葛藤への言及が、結構多かった。特に若い人は、あまり核兵器の問題に関心がない人も見ていると思うので、すごいインパクトがあったのではないか。一方、広島・長崎の方々から見ると、描かれていない部分に対する批判がやはり多いが、意外と映画を評価する声もあった。オッペンハイマー自身が核の被害にどう直面するかという場面があるが、そこはノーラン監督が一番悩んだところだと思う。わざと見せないという選択をしたということで、かえって見えない部分に対する想像力を(鑑賞する側が)働かせなくてはいけない。オッペンハイマーが目を背けるシーンがあるが、そこはかなりのインパクトが逆にあったと思う。BBCが作った「アインシュタインと原爆」というドキュメンタリーがあるが、これは被爆のシーンをガンガン見せている。「オッペンハイマー」はそれなりのインパクトを持って今後も語られる、歴史的な名作だと、私は考えている。この映画は、アメリカの国内的な背景は当然あるが、これまでの映画に比べると自省的な部分が強い気がする。

「被ばく者の核の被害を十分に描けていない」との批判について

宮本さん:広島・長崎が抜けているというのは大きなこと。(それに加えて)最初に核実験があったニューメキシコには、実験場所から半径80キロ以内に約1万3000人が住んでいた。当時、10人の13歳の女の子がキャンプをしていて、放射性降下物が降ってきた。10人のうち30歳まで生きることができたのは、1人だけだった、というナショナル・ジオグラフィックの記事も出ている。色々な人が様々な影響を受けているのだが、長期にわたる(放射線などの)影響とか、そこに本当にいたのに、いなかったことにされている人たちとか、そういった不可視化が気になってしまう。

映画は核の理解につながったのか?

鈴木さん:映画全体としては、反戦・反核のメッセージが十分伝わっていると思う。核実験のシーンはトリニティーだけだが、核分裂を想像させる映像もあり、「科学的知識、核分裂というものがいったん出てきてしまうと、元に戻せない」とオッペンハイマーが言っている。これは今後の我々の核廃絶運動に大変重要な意味を持っている。核兵器は物理的になくすだけではダメである、知識がまだ残るので。そこを科学者はよくわかっていて、いったん出てきてしまったものは元に戻せない、それがオッペンハイマーを苦しめる。これは、AIなど新しい科学的知見を開発している科学者に、警鐘を与えるメッセージでもある。我々も新しい科学的な知見が世の中をどう変えてしまうのかを、考えなくてはいけない。

宮本さん:ベルギー領コンゴのウランを採掘する人たちは、それを手でさわったりしている。被害は爆発した時だけではなく、運搬や組み立ての途中にもいろいろな被ばくがある。大きな過程として核を見た時に、この映画は爆発とかエリートの苦悩とかに焦点を当てているので、どれだけ大きく核を捉えるか、もうちょっとスコープを広げてほしい。私が教えている学生だと、科学はピュアなものだと思っている学生が多い。大きなプロジェクトになればなるほど、国家予算や企業からのお金を使わないと、やっていけない。お金、政治、経済、科学の結びつきを大きなスケールで見せてくれたという意味で、『オッペンハイマー』は核の理解につながった面もある。

オッペンハイマーが原爆開発後に苦悩、葛藤するシーンについて

鈴木さん:オッペンハイマーの精神面をよく画像にしたなと思うぐらい、きちんと描いている。その中に、国のために、戦争のために、科学をやらなくてはいけないというジレンマがある。かれは愛国心が強い人間で、愛している国に貢献するために科学をやる、それがすごく強く出ている。これは逆に言えば怖い。戦争が科学にすごい影響を与えている。今回の映画の面白いのは、科学を議論している時の科学者の話と、戦争に関わっている科学者の人間としての葛藤と、両方出てくるところだ。今回の映画の大きなメッセージは、「科学と戦争」だと捉えると、戦争がいかに恐いか、国家が戦争をすることがいかに科学を曲げるか。そこをぜひ見ていただきたい。

宮本さん:オッペンハイマーが原爆を開発して苦悩するのと、聴聞会で糾弾されて苦悩するのと、二つの苦悩は分けなければならない。一緒にしてしまうと、「オッペンハイマーも苦しいんだよね」となってしまう。「こういうものを作ってしまった」という苦悩であれば、こういうもの(=原爆のもたらす被害)とは何なのかというところを見ないと、彼の苦悩への理解も深まらない。科学と戦争、国家が一色田になって一直線に突き進んでしまうことの恐さを感じた。

科学の発明の影響、科学と政治の関わりについて

鈴木さん:これらの点については、今までの映画より、ずっとうまい入れ方をしていると思う。オッペンハイマーという人間に焦点を当てたからこそ、見えるところがいっぱいある。もうちょっと描いてほしかった、というところもある。一つは、科学者の中にもいろいろな人がいるということ。科学者の中にも、アメリカが原爆を落としたら、核軍拡につながり、倫理的責任を未来永劫負わなくてはならない、とわかっている科学者がいた。私から見ると、その科学者の描き方が足りない。たとえばロートブラット博士。彼はドイツが核兵器開発に失敗したとわかったあと、一人、マンハッタン計画から抜けてしまう。彼は映画には出てこない。良心的な科学者もアメリカにはいっぱいいて、その人たちがパグウオッシュ会議など、今の核軍縮につながる動きをつくってきた。こういう良心的科学者もいるという点をもうちょっと描けていたらよかったかなと思う。

「オッペンハイマー」は現在の核問題とどうつながっているのか?視聴した人たちはどんな行動をしていけばいいのか?

宮本さん:この映画を見ると、あの時にできた冷戦構造を今も引きずっていることがわかる。核抑止論を揺るがしたいと、私は思っていて、そのためにはアメリカ国内の被ばく者にもっと光を当てていきたい。アメリカにはたくさんの被ばく者の方がいて、亡くなった方も多い。これは核抑止論に対するものすごく有効な反論になると思う。国内の方にスポットを当てるかたわら、いろいろな国の被ばく者とつながっていくやり方が、できないかなと思っている。

鈴木さん:映画をぜひ見ていただきたい、というのが第一点。核の脅威を映画としてはそれなりに伝えてくれている。もう一つは、なぜ核兵器を開発しなくてはいけなかったかという原点は、戦争。核抑止の原点がここにある。それがいかにリスクが高いものかをわかっていただきたいというのが、この映画の一番のメッセージ。二番目が、戦争がいかに科学を曲げてしまうか。最近、武器輸出を日本もやることになってしまったり、防衛省の研究予算が科学者についたりとか、そういう流れが出てきていることについて、この映画を見てもう一度真剣に考えていただきたい。3点目は、この映画が語っていない部分。映画を使って、何が語られていて、何が語られていないかの議論をぜひみなさんしていただきたい。

ライター 竪場勝司

本イベントは以下のメディアで報道されました。
・NHK「『オッペンハイマー』題材に核兵器廃絶について考える座談会」2024年4月7日

イベントのアーカイブ映像は以下から視聴することができます。

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