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2024年08月28日

【2024NPTレポート】NPT第2回準備委員会におけるジェンダーに関する議論の動向と課題

はじめに

 2026年核不拡散条約(NPT)再検討会議に向けた第2回準備委員会が、2024年7月22日から8月2日にかけてスイス・ジュネーブ国連事務局で開催された。事実概要案(Draft Factual Summary)は採択できなかったが、議長総括を作業文書として提出することに合意して会議は閉会した。2015年の第9回NPT再検討会議で、オーストリアやアイルランドなど15か国による核兵器の人道的影響に関する作業文書が、核実験による放射線の汚染が女性や子供に不均衡な影響を与えること(パラ10)に言及しことをきっかけに、近年のNPT関連会合ではジェンダーに関する声明や作業文書の提出が増加傾向にある。今回の準備委員会でも、一般討論や各クラスター、議長総括でジェンダーについての言及があった。そこで、本稿では、第2回準備委員会におけるジェンダーに関する議論を概観し、その課題と可能性ついて考察していく。

“女性の参加”と“ジェンダー化された不均衡な影響”

 NPTにおけるジェンダーの議論は、女性の平等な参加促進と電離放射線などによるジェンダー化された不均衡な影響に関するものという2つに大きく分類することができる。議長総括においては、①男女双方(both “women” and men)の平等で完全かつ効果的な参加の促進の重要性を強調し、ジェンダーの観点と分析を統合していく(integrate gender perspective and gender analysis)とともに、電離放射線のジェンダー化された不均衡な影響を考慮すること(パラ53)、②女性と男性の平等な代表(representation of “women” and men)を含め、再検討サイクルにおける高い包摂性を求め、第10回再検討会議で提出されたジェンダーに関する共同宣言を想起すること(パラ152)という2つのパラグラフがジェンダーに言及している(強調筆者)。

 女性の参加促進は、一般討論でも頻繁に言及されている。スウェーデンノルウェースペインカナダコスタリカなどは、NPTにおける女性の参加が極めて重要であり、条約の履行の効果を高めると発言している。また原子力の平和的利用に関するクラスター3の特定課題では、欧州連合(EU)が、「再検討プロセスの包摂性を改善するために、EUは…すべてのNPTサイクルで女性と男性の完全な参加を促進すること」を提案した。

 ジェンダー化された不均衡な影響についての言及も目立った。これは、ウィーンで行われた核兵器の人道的影響に関する国際会議(2014年12月)で、女性、特に女児は電離放射線の影響を受けやすく、発がんリスクが高いというメアリー・オルソン氏による報告で注目を集めるようになった論点である。今回の準備委員会の一般討論では、キリバスが、女性や女児に対する電離放射線の不均衡な影響など、核兵器の爆発がもたらす壊滅的な人道的影響を取り上げた。同様に、核軍縮に関するクラスター1ではニュージーランドが、クラスター3の特定課題ではタイが、ジェンダーの視点から核兵器の非人道的な影響を指摘した。

「ジェンダー」定義のあいまいさ

 準備委員会をはじめ、NPTの国際会議でジェンダーに関する言及が増えたことは、1995年の第4回世界女性会議(北京会議)を契機に、国連の経済社会理事会(ECOSOC)が打ち出した「ジェンダー主流化[i]」が核軍縮の分野でも定着しつつあるという流れを示している。他方で、ジェンダーに対する各国の価値観や立場の違いを背景に「摩擦」が生じている現実もある。そうした対立として主に以下の2つが挙げられる。

 まず、ジェンダーを男女とのみ捉える二元論の立場をとるのか否かである。ジェンダー平等な参加に関する各国の立場には、男女二元論に基づいた上でこれまで十分でなかった「女性」の参加を推進するものと、LGBTQ+などを含む「あらゆるジェンダー(all gender)」の参加を求めるものという2つが存在する。今回の準備委員会でも、スウェーデン、ノルウェー、スペイン、カナダは、「女性」の参加という前者の立場寄りの表現を採用している。一方、オーストリアはクラスター3の特定課題で、「女性や少女に対する電離放射線の不均衡な影響を含め、すべてのジェンダー(all gender)およびジェンダーの視点・規範が包摂され、平等に代表されることに向けた具体的な進展を求める」と発言し、後者の立場と見受けられる。事実概要案に関する議論の中では、イランが、男性と女性の平等な参加は支持するが、「ジェンダー視点」に関する言及は留保すると述べた場面もあった。これは、定義が曖昧な「ジェンダー」という文言を避け、男女二元論を支持しているように捉えられる。イランは、2024年5月、IAEA主催の「核セキュリティに関する国際会議―未来を形作る(International Conference on Nuclear Security: Shaping the Future 2024)」でも、ジェンダー平等に関連する文言に懸念を示し、その結果、閣僚宣言が採択できなかったとされている[ii]。今回、ジェンダー視点に関する言及を留保したことも、こうした摩擦を回避するためだったのではないかと推察される。

 もう一つの論点は、ジェンダーを社会的な性差として解釈するか、生物学的な性差として理解するのかという点である。UN Womenは、ジェンダーを「男性・女性であることに基づき定められた社会的属性や機会、女性と男性、女児と男児の間における関係性、さらに女性間、男性間における相互関係」と定義しており、社会的な性差として理解するのが一般的である。例えば、2023年11月から12月にかけて開催された核兵器禁止条約第2回締約国会議[iii]で、コスタリカは、社会的性差の観点も踏まえて、被ばくによる社会的スティグマという点におけるジェンダー不均衡な影響について言及した。他方で、その他の締約国の発言は、女性や女児への不均衡な影響に関する科学的な根拠を強化するよう求める内容が大半であった。バチカンは、ジェンダーの定義とは、「生物学的なアイデンティティに基づいた『男性・女性』のみである(強調筆者)」と述べ、男女二元論かつ生物学的な性差に基づく自国のジェンダー観を明確にした。ジェンダーに関する定義の問題を理由に、同国は、ジェンダー条項についての検討を担当するジェンダー・フォーカル・ポイントが提出した報告書の結論や勧告を支持できず、それらは全ての締約国の見解ではない、と会議の最終成果に関する解釈声明で主張した。また、用語の使用方法次第では、今後の文書の採択に反対するとも発言した。

おわりに―ジェンダーの議論の課題と可能性を探る―

 ここまで、核軍縮に関する国際会議でのジェンダーの定義をめぐる摩擦について概観してきた。条文で初めてジェンダーに言及した核軍縮条約である核兵器禁止条約ですら、核被害のジェンダー化された影響に関する議論に科学実証主義的な傾向が見られ、ジェンダーに基づく差別や偏見といった社会的な被ばくの被害が今のところ後景化されている。さらには、バチカンが非常に強硬な姿勢をとっているように、ジェンダー問題が今後の会議の合意形成をめぐる火種となる可能性もある。このように、ジェンダー主流化によって新たな論点が登場した結果、各国のジェンダー観の相違を背景に摩擦が生じ、核軍縮をめぐる合意に影響を及ぼしかねないという事態が生まれつつある。

 他方で、ジェンダー主流化の流れがもたらしているのは課題ばかりではない。NPT準備委員会のクラスター1でアイルランドは、「核兵器禁止条約は、電離放射線の影響を含めた、女性や少女への不均衡な影響を直接的に認識することによって、女性・平和・安全保障へのアプローチへ道を開いた。これは、NPTの議論にも持ち込まれるべきである」と述べた。この主張は、2000年に採択された安保理決議1325号「女性・平和・安全保障(WPS)」を想起させるものである。同決議は、女性に対する暴力を可視化する重要性とともに国際関係に影響を与える主体としての女性の役割に言及しており、クラスター爆弾禁止条約や武器貿易条約において、ジェンダーで異なる兵器使用の影響と人道的な観点とを結びつけることで軍縮の推進力となってきた。

 核兵器をめぐる議論では、これまで周縁化されてきた核実験被害国やグローバル・サウスと呼ばれる国々、市民社会に議論の場が開かれたことで、核兵器の非人道性に着目した核兵器禁止条約が誕生した。NPTでも、婦人国際平和自由連盟(WILPF)が繰り返し主張しているように、核実験被害国やグローバル・サウスといった周縁化されてきたとされる属性に、女性のみではなく、LGBTQを含めたあらゆるジェンダーの人々を加えていくことで、核兵器の非人道性に関する議論をさらに深めていくことができるのではないだろうか。その点、有志国と市民社会が連携するフェミニスト外交政策グループ(the Feminist Foreign Policy Group)などの枠組みを活用していくことが重要である。ジェンダーには、それが新たな排他性を生む概念としてではなく、現状維持に陥りがちな議論に新たな地平を切り開く力が期待できるのである。

徳田悠希(一橋大学国際・公共政策大学院修士1年 / GeNuine代表)


[i] ジェンダー主流化とは、「法律・政策・事業などあらゆる分野のすべてのレベルにおける取組が及ぼしうる、女性と男性への異なる影響を精査するプロセス。これは、女性と男性の視点と経験を統合し、すべての政治的、経済的、社会的分野における政策及び事業の作成、実施、監視及び評価の不可欠な要素とすることによって、女性と男性が平等に恩恵を受け、不平等を永続させないための戦略。究極的な目標は、ジェンダー平等である」(筆者訳)。原文は、UN. Doc. ECOSOC. Resolution 2008/34 を参照。

[ii] 核軍縮の議論におけるジェンダーをめぐる摩擦の現状については、Sanaa Alvira and Shizuka Kuramitsu, “Gender as a flashpoint: Risks and resolutions for the NPT review process” が詳しい。

[iii] 核兵器禁止条約第2回締約国会議におけるジェンダー解釈の差異と議論については、https://genuiine2023.wixsite.com/genuine/post/tpnw-2msp-gender を参照。

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