NPTレポート⑥:ウィリアム・ポッター CNS所長へのインタビュー
8月1日に開幕した第10回核不拡散(NPT)条約再検討会議も最終週に突入しました。これまでの会議の内容や最終文書採択の動向についてジェームス・マーティン不拡散研究センター(James Martin Center for Nonproliferation Studies:CNS)のウィリアム・ポッター(William Potter)所長にお話を伺いました。(聞き手:倉光静都香)
倉光:今回のNPT再検討会議における最終文書合意の見通しを伺えますか?
ポッター:まず初めに、このインタビューは、私の個人的な見解であることをお断りさせていただきます。
私は、NPT再検討会議に1995年から参加しており、今回(第10回NPT再検討会議)が6回目となります。
今回は、今までで最も困難な会議ではないかと思います。なぜなら1970年にNPTが成立して以来、国際情勢が最も厳しいからです。私は、最終文書への合意について楽観的ではありません。たとえ奇跡が起きて合意文書を採択できたとしても、それは骨抜きで、中身の濃いものにはならないと思います。なぜなら、締約国の間で根本的な分断があるからです。これらの分断は、全ての主要委員会、あるいは核軍縮・不拡散・原子力の平和利用というNPTの3本柱の全てに存在しています。最終文書への合意は、いつの会議でも困難なものです。
倉光:合意はいつも難しいとのことですが、前回までと比べて今回の会議にみられる違いはありますか?
ポッター:過去には、米ソあるいは米ロの間に一定の協力関係がありました。しかし、今回はそれがありません。また、過去の会議においては、中国が大抵おとなしかった。発言するのはいくつかの問題だけでしたし、むしろ建設的でした。しかし、今回の再検討会議において、中国は最も活発な参加国の1つとなりました。いくつかの声明ではとても厳しい態度を見せ、多くのレッド・ライン(譲れない一線)を示しています。これらは全ての主要委員会で見られました。今のところ、中国や他の主要な参加国がどのくらい柔軟になれるのか見通しがつきません。
倉光:米ロの対立と中国の反応がより一層会議を難航させているのですね。非常に厳しい国際情勢の中の会議では雰囲気も重いのでしょうか?
ポッター:昨日(22日)までで良かった点は、特にロシアのウクライナ侵攻について、各国代表の間での礼儀や、それによって作られる会議の雰囲気が想像以上に良かったことです。アメリカなども全体的に落ち着いて、建設的な議論をすることができていました。
そのような雰囲気が続いてはいるのですが、昨日の本会議の終盤では、ロシアとウクライナをめぐって、これまでのNPT再検討会議では見たことのないような外交的な態度と礼節を欠いた振る舞いが見られる場面もありました。そのような振る舞いに、私はとてもがっかりしました。今週はさらに、そのような場面に直面するのではないかと思います。
倉光:今週(最終週)に入って一気に雰囲気が緊迫したのはなぜだと思われますか?
ポッター:確実にこうだと言いきれる理由はないですが、現在起きているザポリージャ原発に関して、それが誰の責任なのかという議論が何度も繰り返されていることが原因だと思います。また、昨日(22日)の午前中に国連安全保障理事会が開かれたのですが、これもある程度NPTの会議に影響を与えたと思われます。安保理での議論は、NPTと比べて、より険悪な雰囲気でした。今回の安保理にはウクライナが参加し、ウクライナを支援する国々がロシアのことを核テロリスト国家として非難しました。ウクライナとロシアによる応酬がこちらにも影響したのでしょう。また、ロシアのウクライナ侵攻に対する全般的な不満のようなものもあります。自国の利益のための事実に反した発言がいくつもあるからです。
また、会議に参加している一人一人を見ると、疲れや苛立ちが会議に関係することがよくわかります。代表団や外交官も人ですから、疲れがあります。彼らの中には議長を務める人もいますし、睡眠不足の方もいるでしょう。最初の2週間の37度を超える気温や天気の悪さも関係しているでしょう。様々な条件が重なり、冷静で合理的な判断が常にできるとは限らないのです。
倉光:今回の会議で、過去の会議から変わらないポイントはありますか?
ポッター:現時点での考察としては、NPT再検討会議を悩ませてきた多くの問題が1975年から今回まで続いていることです。最初のNPTに立ち返り、そこで何が起こったのかを知り、それを今日の状況と比較することで学べることは多いでしょう。その点については、ぜひ1975年の再検討会議について書かれたこの本(The Last Chance by WIlliam Epstein)を手にとってみてください。
本を読めばわかるのですが、1975年と比較して、NPTで議論される問題は変わっていないのです。現在、核軍縮の緊急性とその進捗に関する評価について、核兵器国と非核兵器国の間で大きな隔たりがありますが、これは1975年から続いているものです。
いくつかの核兵器国はかなり強気で自国の意見を主張しています。例えばフランスは、非核兵器国の意見に対して常に反論すべきだと感じています。特に非同盟諸国によるNPT 第6条の軍縮義務について進展が見られないという指摘に対して強く反発しています。また、国際安全保障環境の状況から「核兵器を放棄すること」は不可能だとも説明してきました。これは、他の核兵器国によっても支持される傾向があります。私の個人的な見解ですが、核兵器国がそのような見解を共有する中で、フランスは常にその最前線にいるように思います。ロシアも軍縮についてはそのような主張をすることが多いですね。しかし、今回のNPTではロシアはウクライナ侵攻に関して自国を正当化することに忙しく、これらの議論には控えめです。
いずれにせよ、核軍縮はNPT発効当初から変わらない重要課題であることは間違いないですね。
倉光:では、今回のNPT再検討会議で見られた新しいポイントはありますか?
ポッター:今回の再検討会議では、核リスク低減の問題をより多く取り上げられています。
私は賛成していないのですが、軍備管理の枠組みが崩壊している状況下でも軍縮を最優先するべきであるという意見があります。私は、現在アメリカとロシアの関係は本当に悪く、米ロの関係が今日ほど悪化したことはないと思っています。偶発的な戦争や核戦争の可能性、双方の誤認によるエスカレーションの可能性も高まっています。したがって最重要の緊急課題は核兵器が使用される可能性を低減することであり、それが今回の会議の重要な焦点であるべきだと考えています。残念なことに、米国と同盟関係にない非核兵器国の多くは、核リスク低減は核軍縮を損なうものだと主張しています。この主張に関しては賛同しかねます。また、そのような主張が更に締約国間での緊張を生んでいると思います。
ポッター:また、私が予想していなかった2つのポイントがあります。1つ目はAUKUS[1]についてです。AUKUSが争点になりうることは知られていましたが、全体を巻き込む問題にはならないという認識があったと思います。実際、とても大きな問題になり、中国が激しい主張を何度も繰り返す論点の1つです。イギリスとオーストラリア、アメリカは、IAEAのガイドラインを遵守すると主張していますが、中国は強く反発しています。中国だけではなく、インドネシアも非同盟諸国(NAM)を代表して反対をしています。AUKUSが全体を巻き込む問題になったことは今回の会議で非常に重要だと思います。
驚いたことの2点目は、ジェンダーに関する議論が割れてしまったことです。スリランカのような軍縮に積極的な国でもジェンダー平等に関する内容はNPTの議論を妨げているという発言をしており、エジプトも物議を醸すという理由で反対しています。ロシアやハンガリーなども反対を表明しています。信じられないことに、核兵器禁止条約をどうするかということよりも論争の的になってしまいました。先週(第3週)の補助組織Iでは、核兵器禁止条約よりもジェンダーに関することの議論の方が多かったのです。これには、私もとても驚きました。
核軍縮を支持しているラテン・アメリカ諸国やカリブ諸島、非同盟諸国がジェンダーに関する文言を削除しようとしている国々の主張に反対しています。これらの国は、西ヨーロッパの国々とも協調しています。西ヨーロッパの国々は核軍縮について積極的ではないですが、軍縮・不拡散分野におけるジェンダー平等の実現に関しては積極的です。どうなるかは分かりませんが、おそらく何らかの解決方法を見出すでしょう。コスタリカやスウェーデン、ニュージーランド、アイルランドなどの国々は、ジェンダー平等を削除することは間違いであり、それを認めることは核軍縮に多大な悪影響を及ぼすと主張しています。
AUKUSに関しても、ジェンダー平等に関する議論でも問題が複雑化してしまいましたが、最終文書合意に向けて、各国はどうにかして妥協点を見つけるのでしょう。
倉光静都香(ANT-Hiroshima)
[1] AUKUSとは、米英豪による安全保障協力の枠組みのこと。その取組の一つとして、オーストラリアによる原子力潜水艦の取得に向けた米英の支援が決定された。しかし、原子力潜水艦で用いられる原子力装置および核燃料は、今のところIAEAによる保証措置の対象外であるため、核不拡散という点において議論が続いている