核兵器禁止条約第1回締約国会合から見た第10回NPT再検討会議の注目点
はじめに
2022年6月に核兵器禁止条約(TPNW)第1回締約国会合(1MSP)を終え、8月1日から核不拡散条約(NPT)の第10回再検討会議(運用検討会議)が始まります(26日まで)。本来第10回会議が開催される予定であった2020年は、NPT発効50周年、1995年の無期限延長決定から25周年という記念の節目でした。コロナ禍の中で開催がこの8月に延期されたものの、その意義は変わらず重要です。本稿では、1MSPの成果の観点から、NPT再検討会議の注目点につき解説します。
NPTとは
よくNPTは、「国際的な核軍縮・不拡散体制の礎石」であると言及されます(例えば、外交青書2022年版178頁)。それはNPTが国際社会のほとんどの国を締約国(191カ国)とするだけではなく、そこに米露英仏中という5つの核保有国が含まれており、これらの国を中心に、核軍縮と核不拡散に関する権利義務が規定されているからです。
米国とソ連(当時)が主導して1968年に成立したNPT(70年に発効)は、核兵器国(NWS)と非核兵器(NNWS)とで権利義務の内容を異にします。核兵器国に該当するのは前記5カ国であり(9条3)、日本を含むそれ以外の締約国が非核兵器国です。まず、核兵器国は核兵器を他者に譲り渡す(移譲)ことを禁じられ(1条)、非核兵器国は核兵器を受領したり製造・取得したりすることが禁じられています(2条)。つまり、NPTは前記5カ国以外に核兵器の保有を禁じており、これが核不拡散に当たります。このような不平等な内容を埋め合わせるために、次に、原子力の平和利用についての「奪い得ない権利」が締約国に認められており(4条)、さらに、核軍縮について誠実に交渉する義務が締約国に課せられています(6条)。この核不拡散、原子力の平和利用、核軍縮は、NPTの3本柱と呼ばれ、条約発効後5年ごとに開催される再検討会議において、それぞれについての運用が検討されることとなっています(8条3)。但し、NPTや再検討会議の合意そのもので、具体的な核削減等の詳細な措置を決定しているわけでありません。核軍縮を例にすると、新START条約など米露間での核軍備管理・軍縮条約がその役割を担っており、それぞれがNPT第6条に言及しています。NPTと再検討会議での合意は、核軍縮の法的基盤を提供しかつその前進を促すダイナミズムを生み出していると言えます。
再検討会議とは
これまでの再検討会議の全てで望ましい成果が得られたわけではありません。同会議の意思決定はコンセンサス方式によることが慣例となっており、1カ国でも反対があれば、合意文書を採択することはできません。これまでそのような合意が形式的であれ成立したのは、第3回(1985年)、第5回(1995年)、第6回(2000年)、第8回(2010年)の4回だけであり、ほぼ2回に1回は失敗しているとも言えます。前回(2015年)の再検討会議では、核軍縮を含む多くの分野で合意が成立していたにもかかわらず、中東非大量破壊兵器地帯を巡って一部の国が反対したために、コンセンサスが成立せず最終文書の採択ができませんでした。仮に今回(2022年)でも最終文書が採択されないとなると、2回連続して実質合意が成立しないこととなり、10年以上にわたり、核軍縮・不拡散体制運用の指針となる合意の不存在が続きます。NPTの「礎石」としての地位は大きく揺らぐことになります。
第10回再検討会議をめぐる課題
第10回の節目となる今次会議では、NPTを軸とする核軍縮不拡散体制のさらなる強化を図ることが意図されていますが、その見通しは明るくはありません。
前回会議の失敗原因となった中東非大量破壊兵器地帯の創設は、95年の無期限延長決定の際にコンセンサス採択されたものですが、同地帯に含まれるべきイスラエル(NPT非締約国)を米国が支持しており、この議論は遅々として進んでいません。
同じく無期限延長決定の際に約束された包括的核実験禁止条約(CTBT)も、96年に成立したものの、発効要件国たる米国の批准は容易ではなく、依然発効の見通しはありません。
CTBTと並んで議論となる核兵器用核分裂性物質生産禁止条約(いわゆるカットオフ条約)に関する交渉は、ジュネーブ軍縮会議(CD)での主張が対立し、進展は見られないままです。
イランや北朝鮮の核問題についても、それぞれ包括的共同行動計画(JCPOA)や非核化交渉に進展が見られていません。
そしてここにきて、2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻とロシア大統領の発言等を通じた核兵器使用の威嚇があります。現在米露間では、既存の核軍備管理・軍縮条約による規制が失われつつあります。対弾道ミサイルシステム制限条約(ABM条約)は、米国がミサイル防衛システム開発を理由に2002年に脱退し、事実上効力が終了しました。冷戦終結の象徴ともいえる中距離核戦力全廃条約(INF条約)は、双方による条約違反の指摘の応酬の中、2019年8月に失効しました。両国間で唯一残っている新START条約は有効期限が2026年2月までであり、後継条約交渉は進展していません。このまま条約失効を迎えるとすれば、核軍拡に歯止めをかける両国間の法的軍備規制は存在しなくなります。
ざっと見ても、このような軍縮の困難な課題の克服が今次会合には突きつけられています。
TPNWからの問題提起
TPNWは核兵器使用の人道上の帰結とその使用のリスクを根拠に核軍縮・廃絶を進めるアプローチをとっており、このことは1MSPでさらなる事実的検証を踏まえて再確認されました(1MSPの成果はこちら、核兵器の人道上の影響に関するウィーン会議についてはこちら)。1MSPでの成果から見たNPT再検討会議の注目点としては次のようなものが指摘できます。
第1に、核兵器使用の人道上の帰結への憂慮を、NPT再検討会議は共有するか。この点は既に2010年のNPT再検討会議での合意で確認されていますが、2021年の国連総会における核兵器の人道上の帰結に関する決議(A/RES/76/30)では、インドは賛成したものの、米露英仏、イスラエルは反対し、中国、北朝鮮、パキスタンは棄権しています。なお、オーストリアはこれに関する作業文書を今次会議に提出しています(NPT/CONF.2020/WP.62)。
第2に、人道上の帰結への憂慮と並んで、2010年のNPT合意で再確認され、1MSPの宣言(2項)で言及された、「国際人道法を含む、適用可能な国際法をあらゆる時点で遵守する必要性」を今次会議は共有するか。現実の核兵器の使用が国際法に照らして違法か合法かという問題は、核兵器の役割を限定する議論に繋がります。核軍縮プロセスで、透明性や不可逆性、検証可能性等と並ぶ原則として共有されるかどうかは重要な点だと思われます。
第3に、核兵器使用のリスクへの懸念を共有し、具体的リスク低減措置に合意できるか。1MSPではこの核兵器のもたらすリスクが繰り返し強調されましたし、宣言でも、TPNWの基礎となる倫理的・道義的要請として核兵器のリスクとこれへの対処の緊急性が指摘されています(宣言3項)。実際、オーストリアは1MSP後に核リスク低減に関する作業文書を今次再検討会議に提出しています(NPT/CONF.2020/WP.60)。このほか、今次会議には多くの国がリスク低減に関する作業文書を提出しています。問題は、これに関する具体的措置についてどのような合意が形成されるか、リスク低減措置から進んで核兵器の役割の低減に繋がる措置の合意に至ることができるかであり、注目されるところです。
第4に、TPNWとNPTの関係を今次会合でどう位置づけるか。1MSPで強調されたのは「補完性」(complementarity)でした。TPNWは、NPT第6条でいう核軍縮の「効果的措置」にあたり、両条約は核兵器の廃絶という目標と核兵器使用のもたらす壊滅的な人道上の帰結への懸念を共有している、という主張です(TPNW/MSP/2022/WP.3, paras. 11, 17 and 18.)。NPTにおいてTPNWをどのように位置づけるかについては、2019年のNPT第3回準備委員会でも議論が対立したままです(「多くの加盟国による、核兵器禁止条約および同条約のNPTとの補完性への支持を認識する。」との一文を含むサイード議長の勧告案(NPT/CONF.2020/PC.III/WP.49, para. 22)は、準備委員会のコンセンサスは得られず、作業文書に留まっています)。
TPNWとNPTの関係は、多面的です。例えば、第1に、TPNWの成り立ちから見れば、NPT第6条の義務に基づき非核兵器国がその「効果的措置」として成立させたと言えます。第2に、規定される権利・義務の内容から見れば、TPNWは核兵器の開発、実験から使用、使用するとの威嚇まで等の核兵器に関する諸活動につきNPTよりも幅広い範囲で、それも締約国を区別することなく禁止しており、この点では、TPNWはNPTを補完し強化するとさえ言えます。こうしてみると、TPNWはNPTから生まれ、NPTを補完するものとみえます。第3に、核軍縮措置を議論するフォーラムという観点では、TPNWの会合とNPTの会合は別個に相互の連携なく開催されており、競合的にみえますが、この現象は既に国連総会第1委員会が存在している以上、それほど問題ではないように思えます。第4に、最も問題となるのは、TPNWとNPTが前提とする核兵器の位置付けだと思われます。TPNWは核兵器の使用はそもそも違法であることを前提としており(前文10項)、核兵器を汚名化し非正当化することで核兵器禁止の強行規範(peremptory norm)の構築を目指しています(宣言8項)。これに対して、NPTは核兵器国の核保有を禁じておらず、むしろこれら諸国が核抑止態勢をとることで安全保障を図ることを許容しているという見方があります。このように、TPNWは核兵器を絶対悪と捉えるのに対して、NPTは必要悪と捉えているようにみえます。TPNWの「補完性」の主張は、このようなNPT理解に対する挑戦だと言えます。
第5に、上記のような問題性を孕みつつも、TPNWに反対あるいは距離をとる諸国にも、TPNW支持国との協力を模索する動きもあります。1MSPでは、ドイツやスイスが、被害者援助及び環境修復の問題につき関心を表明し、特にスイスはこの問題をNPTの場で議論することを示唆しました。このよう動きがどのように実現するかも注目されます。
おわりに
NPTは核軍縮だけでなく、核不拡散と原子力の平和利用を加えて3本柱について議論され、かつそのバランスの取れた履行が強調される場です。その意味では、NPTにおける核軍縮の進み方は必然的に漸進的となり、核廃絶を希求する側からすれば、その前進が停滞したものにみえます。加えて、近年の核兵器問題をめぐる厳しい対立的環境は、その前進をさらに阻害する要因となっています。しかし、NPTは5つの核兵器国に明示的に法的拘束力のある核軍縮交渉義務を課している唯一の条約であることからすれば、「核兵器のない世界」を目指すための貴重な手がかりであることは間違いありません。TPNWの成果がNPTにどう影響するか、あるいはしないかを見極める必要があります。
山田寿則(明治大学)