事前解説③:核兵器禁止条約における被害者援助と環境修復の義務
核兵器禁止条約第1回締約国会議に向けた、事前の解説記事を掲載します。第3回目は、明治大学法学部の山田寿則さんによる「核兵器禁止条約における被害者援助と環境修復の義務」です。
被害者援助と環境修復―TPNWの実効性の鍵
核兵器禁止条約(TPNW)には、核兵器の使用や実験の被害者を援助したり、汚染地域の環境を修復するための規定があります(第6条と第7条)。これらの規定は、第1条に規定される核兵器の使用・威嚇の禁止等の消極的義務に対して、「積極的義務」と呼ばれ、TPNWが実効性を持つため鍵となります。実際に、カザフスタンやキリバス等の核実験被害者をかかえる国がTPNW締約国となっており、条約発効と同時に、この義務はこれらの国にとり意味をもちます。TPNWの実効性を考えるとき、第6条と第7条は極めて重要です。
第6条と第7条―どのような仕組みか?
TPNWは、第1に、核兵器の使用又は実験により影響を受けている個人を管轄下に置く締約国に対して、この個人に援助を提供すること義務づけています(6条1)。また、核実験・核使用に関係する活動の結果として汚染された地域を管轄・管理する締約国には、その地域の環境修復のため措置をとることを義務づけています(6条2)。第2に、それ以外の締約国は、上記の締約国に対して国際協力を通じて援助することが義務付けられます(7条3、4)。第3に、核兵器を使用または実験した締約国にも、被害者援助・環境修復のための援助の責任があります(7条6)。
このように、TPNWでは、被害者や汚染地域を抱えるいわば「被害国」が、まず、被害者援助や環境修復の負担を負い、他の締約国が、国際協力を通じてこれらの国を援助する、という、「責任の共有」という仕組みがとられています。このような仕組みは、TPNWに先行する、対人地雷禁止条約やクラスター弾条約(CMC)といった人道的軍縮の考え方に基づく条約の特徴です。ここには、それぞれの被害者は禁止兵器のもたらす被害により人権を侵害されているのであり、その救済には、その被害者に最も近い立場の国があたる、という被害者中心のアプローチを見出すことができます。
もっとも、TPNW交渉会議では、加害国の責任を問う声も根強く、その結果、前記7条6の規定が挿入されました。
「被害者」とは誰か?
今回の締約国会合では、第6条、第7条をどのように実施するか、つまり実際に被害者救済と環境修復を実現する具体的方法が検討されることになります。そこにはさまざまな課題があります。
まず、そもそも「被害者」の定義が条約にありません。CMCでは「家族及び地域社会」も対象に含む具体的な定義規定があります(2条1)。TPNWでは「核兵器の使用又は実験により影響を受けている個人」としているだけです。「将来の世代」「女性及び少女」「先住民族」といった前文の文言は手がかりとなりますが、不十分です。もっとも、放射線の影響についてはなお議論されている点もありますし、放射線被害以外の被害など多面的に検討される必要があります。拙速に定義してしまうことには慎重であるべきで、これは長期的・継続的検討を要する課題です。
援助の責任を共有できるか?
被害者援助・環境修復の義務を負うのは、第1次的には被害者・汚染地を「管轄」している締約国ですが、被害者援助については、人的管轄のある国、つまり国籍国も義務を負うとも考えられます。
また、他の締約国の援助義務ですが、条文では「援助を提供することのできる締約国」となっており、必ずしもすべての締約国の義務ではありません(7条3、4)。もっとも、要求される援助の内容は、「技術的、物的及び財政的援助」(7条3)とされており、財政面に限りません。被害者援助と環境修復について、各締約国がどれだけ積極姿勢を示せるかが課題です。締約国全体で「被害国」を支える体制が整えば、被害者や汚染地を抱える非締約国が条約に参加しやすくなります。
国際協力のあり方は?
この国際協力を通じた援助で注目されるのは、カザフスタンとキリバスの作業文書が提唱する国際的な信託基金の設置です。条約では、国際協力を通じた援助は、国連などの国際機関や赤十字、NGOなどを通じて提供できるとされています(7条5)。このような国際基金に、非締約国を含めた締約国以外の関与をどのように開くのかも課題となります。
この国際協力を通じた援助は、「核兵器その他の核爆発装置の使用又は実験の被害者」に提供されるのですが、第7条4では、締約国の管轄下にある被害者とは限定していません。文言上は、このような援助の対象が締約国を越えて広がる可能性を孕んでいます。この点は、非締約国にいる核被害者の救済という観点から注目されます。
核兵器を使用・実験した国の責任は?
この責任問題は、交渉会議でも最後まで議論されました。今回の会合でこの問題がどのように扱われるかも注目です。この議論は、核保有国を条約から遠ざけるとの見方もありえるなかで、市民社会には、被害者援助・環境修復の点で核使用・実験国の関与を引き出すことを念頭にした提案もあります。
継続的なメカニズムはどう作られるか?
これまで述べたことについて、今回の会合で全て結論が出るわけではないと思われます。また、「積極的義務」の履行状況をモニターするメカニズムも必要となります。対人地雷やクラスター弾の条約に見られるような、会期間会合や作業部会などの、何らかの継続性を持ったメカニズムが必要です。実際、前述のキリバス・カザフの作業文書では非公式な会期間作業部会の設置が提案されていますし、市民社会や専門家からは、常設性のあるメカニズムの構築が求められています。この仕組みへの被害者参加を含めて、どのような仕組みが構想され、実現されるかにも注目したいと思います。
文責:山田寿則(明治大学法学部)