【参加レポート】One Young World 長崎ピースプレナー(Peace-preneur)フォーラム2026

世界190カ国以上から2,000⼈以上の若い次世代リーダー達が集まる世界最大級の国際プラットフォーム「One Young World」。その長崎協議会が5月22日~24日に長崎ブリックホールで開催した「長崎 ピースプレナー(Peace-preneur) フォーラム」にインターンの木場笑里が参加しました。フォーラムには国内外から約200名が参加し、熱気あふれる3日間となりました。

フォーラム1日目:「揺さぶられる、考える」
1日目は「揺さぶられる、考える」というテーマで、ICU-国際基督教大学の岩切正一郎学長による基調講演「脆弱な時代における対話の重要性」から始まりました。その後、樋川和子先生(長崎大学、RECNA副センター長)による「Nuclear Disarmament and Division(核軍縮と分断)」というセッション、佐野愛さん(国境なき医師団日本 広報部イベント担当)による「分断の時代に人道支援をどう伝えるか」というセッション、Heela Yoonさん(AYAPO・MUSKA創設者)とTeodora Mileskaさん(PERIOD Skopje 共同設立者)による「Peace-preneurs: Overseas Case Studies(海外におけるピースプレナーの事例)」というセッション、参加者からのプレゼンテーションなどが行われ、多くの気づきと学びに満ちた時間となりました。

【基調講演】脆弱な時代における対話の重要性
岩切正一郎先生の基調講演では、文学やリベラルアーツの観点から「対話(ダイアログ)」の本質が語られました。印象的だったのは、古代ギリシャ演劇において合唱(コーラス)から最初の俳優(応答する人)が分離したことが対話の起源であるというお話です。対話とは、心地よい同質性を確認し合うことではなく、異質なものに触れて自分の世界が「揺さぶられる」契機であるとの話を聞き、核兵器をめぐる緊迫した国際情勢や分断が深まる現代において、私たちがまず向き合うべき「対話の本質」を深く学ぶことができました。

【プログラム1】核軍縮と分断、そして歴史から学ぶ姿勢
続いて、樋川和子先生による核軍縮のセッションに参加しました。樋川先生は1946年の国連原子力委員会における米ソ対立など、過去80年間に及ぶ核軍縮の歴史を読み解きました。参加者との対話の中で、先生は「被爆から80年以上が経過してもなお、なぜ核兵器がなくならないのか」という本質的な問いを私たちに投げかけました。「国同士の不信感」や「核をパワーと捉える歪んだ構造」といった課題に対し、私たちはこれまでの段階的アプローチの失敗を猛省しなければなりません。樋川先生が紹介された、人間の尊厳や連帯に基づく「公共善の経済システム(Gemeinwohl-Ökonomie)」へのシフトの必要性を痛感するとともに、若い世代が過去の失敗の歴史を真摯に学び、それを繰り返さないためのロードマップを描く重要性を強く感じました。

【プログラム2】分断の時代に人道支援をどう伝えるか
国境なき医師団の佐野愛さんのセッションでは、遠い国の悲劇や複雑な社会課題に対して、世論に当事者意識を持ってもらうための広報戦略について、具体的なアイデアを学びました。特に心に残ったのは「主語を全員にすること」というポイントです。誰もが当事者意識を持てるようにするために、発信する側が「みんなが主語である」という意識を持つことの大切さを教えていただきました。

【ランチタイム】未来志向のエネルギーを感じるローンチパッド
ランチタイムには、地元の高校生や海外からの参加者が次々と壇上に上がり、熱気あふれる飛び入りプレゼンテーション(ローンチパッド)が行われました。スクリーンに映し出された「81年前、長崎は灰だった。今日、このフォーラムは人で満ちている。共に、もう一度築き上げよう」というメッセージには胸を打たれました。若い世代が中心となり、国際秩序の新たなロードマップを築いていく未来志向のエネルギーを肌で感じる時間となりました。

【プログラム3】海外のピースプレナー(平和起業家)の事例
午後は、海外の若きピースプレナーによる事例セッションに耳を傾けました。北マケドニア出身のテオドラ・ミレスカ氏は、単に戦争がない状態(消極的平和)ではなく、差別や偏見のない状態(積極的平和)の重要性を説き、自身が立ち上げた「生理の貧困」をなくすイニシアチブを紹介してくれました。また、アフガニスタン出身のヒーラ・ユーン氏は、現地のデジタルメンタルヘルス支援について語る中で中村哲医師の精神に触れ、「1本の水路が100人の医師より多くの人を救う」という中村医師の信念が、今も現地のアクションに生き続けていることを再認識しました。

【参加者によるプレゼンテーション長崎大会】熱量と思いの共存
その後行われたプレゼンテーション本大会では、選考を勝ち抜いた5人が登壇。それぞれの視点は異なりながらも、平和への熱い思いと行動力が共存しており、「私たちの手で平和を創ろう!」と会場全体を巻き込む姿は、同じく平和活動を行う一人として非常に心強く、新たなロールモデルとなりました。
フォーラム2日目:「長崎をヒントに自分と向き合う」
2日目は、長崎という「現場」の視点から平和な世界を作るためのヒントを探すフィールドワークが中心となりました。

【フィールドワーク】医療の視点から見る核兵器のリアル
私は長崎大学坂本キャンパスにある「TMGH(熱帯医学・グローバルヘルス研究科)」を訪れました。キャンパス内の「原爆医学資料展示室」では、核兵器が人間にもたらす長期的・具体的な影響が、医学的・数値データとして生々しく示されており、その恐ろしさを改めて実感しました。その後の留学生との交流では、それぞれの平和活動へのきっかけや故郷の紹介を通じ、国境を越えた深い国際交流を行うことができました。

【グループリフレクション】ユース世代のリアルな葛藤と本音
セッションの終盤に行われたグループ対話では、ユース世代ならではのリアルな葛藤が多く飛び交いました。「社会の暗いニュースに直面したとき、どうモチベーションを保つべきか」という問いに対し、登壇者から語られた「自分がコントロールできる活動に集中し、メンタルヘルスを保つこと」の大切さは心に刺さりました。また、若者が会議で単なる形だけの記録係として扱われる「ユース・トークニズム(形だけの若者登用)」への不満と、対等なパートナーとしてエンパワーされるコミュニティの必要性については、多くの若者が深く共感し、お互いの思いをぶつけ合う貴重な「ユースによるユースのための対話」の時間となりました。
終わりに
「81年前、長崎は灰だった。今日、このフォーラムは人で満ちている」――フォーラムで出会ったこの言葉は、絶望から立ち上がり、平和を紡いできた人々の底力を象徴しています。 被爆の実相を医学的データや現場の視点から学び直したことで、核兵器廃絶に向けた活動の重要性を再認識しました。被爆から80年以上が経過した長崎の地で、国内外の仲間と交わした対話を一過性のものにせず、日頃のインターン活動を通じて社会へ実装していけるよう、これからも全力で取り組んでまいります。
核兵器をなくす日本キャンペーン・インターン 木場笑里
フォーラムのダイジェスト動画はこちら
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