核兵器禁止条約 これまでの経緯と今後の課題
現在国連で交渉されている核兵器禁止条約について、これまでの経緯、現在の条約草案の概要、今後の課題について簡単にまとめました。これ以外にも多くの論点が今後出てくるかと思われますが、まずは基本的なポイントを整理しました(PDF版はこちら)。また、この文章の下に、国内外のNGOや識者らによる条約草案に対する主な論評をリンクします。(核兵器廃絶日本NGO連絡会)
1.これまでの経緯
2010年の核不拡散条約(NPT)再検討会議では、全会一致で採択された最終文書(NPT/CONF.2010/50)で、「核兵器のいかなる使用も壊滅的な人道的結果をもたらすこと」に初めて深い懸念が表明され、また「いかなる時も、国際人道法を含め、適用可能な国際法を遵守する必要」があることが再確認されました。以来、国際社会では、人道上の観点から核兵器を検証する動きが活発化しました。
具体的には、ノルウェーのオスロ(2013年3月)、メキシコのナジャリット(2014年2月)、オーストリアのウィーン(2014年12月)で、核兵器の人道的影響に関する国際会議が3回にわたり開催され、国連・国際機関、各国政府、市民社会の代表が参加し、活発な議論が行われました。
2015年のNPT再検討会議では、最終文書が採択できずに終わったものの、人道上の観点から核兵器の禁止と廃絶を求める声が非核兵器国を中心に高まり、同年12月に、核兵器のない世界の達成と維持のために締結が求められる具体的かつ効果的な法的措置、法的条項および規範を実質的に協議する公開作業部会の開催に関する国連総会決議「多国間核軍縮交渉を前進させる」(A/RES/70/33)が採択され、2016年にはジュネーブの国連欧州本部で、作業部会が開催されました(2月、5月、8月)。その議論を受け、2016年12月の国連総会決議(A/RES/71/258)で、2017年に核兵器禁止条約の交渉を開始することが決定されました。
核兵器の禁止を求めるこうした一連の取り組みが結実し、「核兵器禁止条約」の制定に向けた史上初めての交渉が、3月27日~31日、6月15日~7月7日に国連で開催されるに至りました。
今まさに、核兵器の法的禁止に向け、歴史的な一歩が開かれようとしています。その一方で、その歴史的な取り組みに、唯一の戦争被爆国である日本が参加しないという状況が起きています。この2つの現実を前に、日本はこれからどうしなければならないのかを考える必要があります。
2.禁止条約草案
3月の交渉を受け、5月22日の午後4時からは、ジュネーブの国連欧州本部において、交渉会議の議長を務めるコスタリカのホワイト議長により、条約草案(A/CONF.229/2017/CRP.1)が発表されました。
https://s3.amazonaws.com/unoda-web/wp-content/uploads/2017/05/A-CONF.229-CRP.1.pdf
このニュースは、多くのメディアや外務省のウェブサイトでも取り上げられています。
核禁止条約案を提示=「ヒバクシャ」言及-国連
http://www.jiji.com/jc/article?k=2017052201294&g=pol
核兵器禁止条約の草案公表 開発・保有を全面禁止
ttp://www.nikkei.com/article/DGXLASGM22H97_S7A520C1FF2000/
核禁止条約、日本などに配慮 「核使用の脅し」禁止に触れず
http://www.asahi.com/articles/DA3S12952533.html
岸田外務大臣会見記録(平成29年5月26日) 核兵器禁止条約関連
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/kaiken/kaiken4_000506.html
その草案がどのような方針に基づいて準備されたかについて、ホワイト議長は、書簡で以下の4点の考え方を明らかにしています。
- 補完性
既存の国際文書を強化し補完するものであり、特にNPTに代表される核不拡散体制を弱体化させない
- 既存の規範の強化
不拡散に関する既存の法規範に対する抜け穴を作らない
- 簡潔性と非差別性
条約は簡潔かつ非差別的であり、核兵器の使用にいて明確強力な禁止を示す
- 将来への基礎
将来を念頭において、柔軟性持たせて継続できるように設計する
Overall approach in preparing the draft
https://s3.amazonaws.com/unoda-web/wp-content/uploads/2017/05/Letter-from-the-Chair_May-24-2017.pdf
国際社会には今日、核軍縮・不拡散体制の基礎をなすNPTという重要な条約があります。しかし米・露・英・仏・中の5カ国を核兵器国とするNPTに対しては、差別的な条約だとの批判が根強くあり、核軍縮が進まない状況下で(依然として世界には1万5000発の核兵器があるといわれています)、同条約は大きな課題と困難に直面してきました。そうした背景から、核兵器禁止条約ができた場合、NPTとどのような関係になるのかが大きな論点となってきました。
こうした中でホワイト議長は、現在交渉が進められている核兵器禁止条約は、NPTを礎石とする核不拡散体制を弱体化させるものではないことを改めて明らかにしました。そして明確で強力な禁止を求めつつも、核兵器国や核兵器依存国の将来的な参加も念頭に、柔軟性を持たせて継続できるように設計するという方針を示したわけです。
3.共通の約束事としての「核兵器のない世界
その一方で、核兵器禁止条約がNPTを補強するという論理は受け入れられないという主張もあります。たとえば、5月にウィーンで行われたNPT再検討会議の第1回準備委員会において、核兵器国のロシアは、以下のように述べています。
核兵器禁止条約交渉プロセスを推し進める国々が異なる意見を持ち、禁止条約がNPTを補うばかりか強化することを期待していることを承知している。しかし我々はそのような論理を受け入れることは出来ない。
しかしここで思い起こさなければならないのは、冒頭でご紹介した2010年のNPTの最終文書(NPT/CONF.2010/50)が、次のように述べているという事実です(以下、関連する部分を抜粋して紹介)。
A. 原則と目的
i. 会議は、条約の目的にしたがい、すべてにとって安全な世界を追求し、核兵器のない世界の平和と安全を達成することを決意する。
ii. 会議は、すべての加盟国が第6条の下で誓約している核軍縮につながるよう、保有核兵器の完全廃棄を達成するという核兵器国の明確な約束を再確認する。
iv. 会議は、核兵器国による核軍縮につながる重要措置が、国際の安定、平和、安全を促進し、また、すべてにとって強化され、減じない安全という原則に基づくべきであることを再確認する。
v. 会議は、核兵器のいかなる使用も壊滅的な人道的結果をもたらすことに深い懸念を表明し、すべての加盟国がいかなる時も、国際人道法を含め、適用可能な国際法を遵守する必要性を再確認する。
会議は以下を決定する。
行動1:すべての加盟国は、NPT及び核兵器のない世界という目的に完全に合致した政策を追求することを誓約する。
B. 核兵器の軍縮
iii. 会議は、具体的な軍縮努力の実行をすべての核兵器国に求める。また会議は、核兵器のない世界を実現、維持する上で必要な枠組みを確立すべく、すべての加盟国が特別な努力を払うことの必要性を強調する。会議は、国連事務総長による核軍縮のための5項目提案、とりわけ同提案が強固な検証システムに裏打ちされた、核兵器禁止条約についての交渉、あるいは相互に補強しあう別々の条約の枠組みに関する合意、の検討を提案したことに留意する。
http://www.recna.nagasaki-u.ac.jp/recna/database/importantdocument/un/no1/2-1
出典:長崎大学核兵器廃絶研究センター(RECNA)
翻訳:特定非営利活動法人ピースデポ
この最終文書は、核兵器国が重視するコンセンサスによって採択されたものであり、核兵器国、核兵器依存国、非核兵器国という、NPTにおけるすべての締約国間の共通の約束事になっています。
このように、核兵器のない世界の平和と安全を目指すこと(A-i)、NPT第6条で誓約する核軍縮につながるよう、保有核兵器の完全廃棄を達成するという核兵器国の明確な約束を再確認すること(A-ii)、人道上の結末への憂慮と国際人道法順守の必要性を確認すること(A-v)、核なき世界に必要な枠組みへの特別の努力(B-iii)は、すべての締約国間の共通の約束事なのです。共通の議論の土俵という意味では、すべての国にとって減弱されない安全という点も重要になります(A-iv)。
現在進められている核兵器禁止条約交渉は、NPTのすべての締約国が確認したこれらの点を踏まえたものであるということを、ホワイト議長の書簡は明らかにしているといえるでしょう。逆に言えば、核兵器禁止条約交渉に参加しないことは、上記のようなNPTにおける約束事に照らしてどのように評価されるのかが問われるところです。
4.これからの課題
(1)禁止から廃絶へ
ホワイト議長は3月の交渉会議の最後に、核兵器禁止条約は7月7日に採択されるとの見通しを示しました。もちろん条約交渉は終わったわけではなく、むしろこれからが議論の本番といえます。
ただ、核兵器を法的に禁止する条約ができたとして、そこから先をどうするのか。すなわち、廃絶への道筋をどのようにつけていくのかという問いは、今後ますます重要なものとなってきます。これは「禁止」と「廃絶」を分離するアプローチに由来する、当然の帰結です。禁止は廃絶に向けての歴史的な第一歩です。しかしそれは到達点ではありません。
そのために何に取り組まなければならないのか。これは禁止条約を推進する側に課せられた、大きな問いであるといえましょう。核兵器を実際に持っているのは、核兵器国です。そして核兵器国の提供する核の傘のもとにある核兵器依存国もあります。そうした国々と、どのように建設的に関わっていくのかが問われるわけです。
(2)「公共の良心」による支持表明
核兵器依存国である日本の市民社会も、そのことを具体的に考えつつ運動を進めていかなければならない段階に入りました。こうした状況は、それだけ市民社会の取り組みが、大きな成果を上げつつ進んできたからこそ生じ得たものだともいえます。
禁止条約を契機に、さまざまな声が重なり合う中で、核兵器を具体的に廃絶していくためのモーメントを高めていく取り組みが必要になってきます。日本の市民社会が取り組まなければならないことは、禁止条約の採択を契機に、その条約を支持する市民の声を可視化する取り組みです。
- ヒバクシャ国際署名
2度とこの悲劇が繰り返されてはならないという被爆者の訴えに呼応して始まった、「ヒバクシャ国際署名
が果たす役割は、とても大切だと思われます。核兵器のない世界を求める声を目に見える形にすることは、核兵器の廃絶が、「公共の良心
(条約草案前文)に基づく取り組みであることを具体的に示すことになります。そうした努力は、禁止条約の規範性と普遍性を強めていく上で、これからますます重要になりましょう。
ヒバクシャ国際署名 http://hibakusha-appeal.net/index.html
- 様々なセクターの声
「公共の良心」を支えるのは、様々なセクターの声です。これまで、医師や科学者や法律家などが声を上げてきました。自治体も声を上げています。宗教コミュニティも同様です。女性や青年たちの役割も重要です。ビジネスセクターも重要です。その他にも、様々なセクターが「公共の良心」を支えることができるのではないかと思います。誰が声を上げるか、どのように声を上げるか。こうしたことを考える必要があります。
- 軍縮・不拡散教育
核兵器禁止条約が制定された暁には、その内容を広く市民に知らしめる努力が必要となりましょう。それは、広報や教育の果たす役割でもあります。日本はこれまで、軍縮・不拡散教育にどこよりも真剣に取り組んできました。同条約交渉に参加しないとする日本は、軍縮・不拡散教育の一環として同条約をどのように扱うのか、それとも扱わないのか。そのことが問われるのも、時間の問題であるといえましょう。
軍縮・不拡散教育 http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/hosho_02.html
(3)「核の傘」の意味の再検討
核兵器禁止条約交渉は、米国の核の傘のもとにある日本の安全保障政策が、実際にはいかなるもので、核兵器のない世界という目標に照らし、どのように評価されるのかについて考える好機を提供しています。ちなみに日本は今日、相手の核兵器による攻撃だけでなく、通常兵器および生物・化学兵器による攻撃を抑止するために、米国の核兵器が必要だとしています。そうした考えから日本は、オバマ政権時代の米国が先制不使用政策を採用することを検討した際に、反対したという経緯がありました。
先制不使用問題早わかり http://kakujoho.net/npt/q_nfu.html – d6
ここでは詳しく述べる余裕はないのですが、そうした政策に立つ限り、核兵器廃絶は論理的に不可能となります。なぜならそれは、他国の核兵器がなくなっても、日本は最終的に核兵器で他国の通常兵器を抑止しようとするということを意味するからです。唯一の戦争被爆国として「核兵器のない世界」をリードし続けるためには、この政策が、日本が自任するこうした立場とどのような関係にあるかを、吟味する必要があるのではないでしょうか。
歴史的に見て、相手の通常兵器を核兵器で抑止しようとする政策は、信頼性に疑義が生じやすく、緊張を高める方向に事態が動くケースが見られたという指摘もあります。不安定な北東アジアの安全保障環境にあって、こうした政策をとることはかえって日本の安全保障にとってマイナスではないかとの議論も成り立ちます。少なくとも、日本が米国の先制不使用政策採用の障害になるようなことは避ける必要があるのではないでしょうか。
以上のように、核兵器禁止条約交渉は、日本の安全保障をより高める政策はどのようなものかを考える好機を提供しています。また、核軍縮の検証などの面で、日本がこれまで行ってきた政策をこの条約の実効性強化のために生かすこともできます。核兵器廃絶へ向けた具体的な一歩に建設的に貢献するとともに、日本の安全保障に関する議論を深める観点からも、日本は核兵器交渉会議に参加すべきでありましょう。
== 以上、核兵器廃絶日本NGO連絡会による論点まとめ (PDF版はこちら) ==
========= 以下、国内外のNGO、識者らによる論評 =================
核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)のブリーフィング・ペーパー
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福井康人・広島市立大学広島平和研究所准教授による「核兵器禁止条約議長提案の分析」