【2020年NPT再検討会議・第3回準備委員会⑥】全日程が終了しました
2019年5月10日、第3回準備委員会は10日間の日程を終え閉幕した。残念ながら2020年NPT再検討会議に向けた「勧告」を採択することはできなかった。一方、2020年再検討会議の議長には、アルゼンチンのラファエル・グロッシ大使が内定した。2015年NPT再検討会議の議長が前年の11月に決定したことと比べれば、このような早期の決定には期待が持てる。また、議題や手続規則についても合意が得られ、2020年に向けての最低限の準備は整ったといえる。
問題は、「勧告」の不採択に象徴されるように対立の溝を埋めることができなかったことである。会議の開幕以前から、核兵器禁止条約を巡る対立、アメリカのINF脱退に象徴されるように米ロの対立、中東問題をめぐる対立などが指摘されていた。
ここでは、核兵器禁止条約を中心に採択に至らなかった「勧告」案を検討することによって、今回の準備委員会を概観したい(筆者はこの会議に出席しなかったため、提出された文書、会議に出席したNGO連絡会のメンバーや他のNGOからの情報などをもとに検討を行う)。
サイード議長が作成した「勧告」の1次案は5月3日の夕刻に議場で配布され、5月9日には改訂版が提示された。「勧告」は、手続規則により原則としてコンセンサス(投票を省略し、全ての加盟国から異議のないことをもって採択されたとする方式)により採択するとされており、10日午前まで非公式会合で交渉が続けられたが、コンセンサスに至ることはできなかった。改訂版の「勧告」は、サイード議長のワーキングペーパーとして提出された。
改訂版の前文に相当する部分は、まず「NPT発効50周年、そして無期限延長25周年を念頭に置いて」として2020年NPT再検討会議が特別な意味を持つことを強調した(パラ1)。また、NPTは「グローバルな核軍縮および不拡散体制の礎石であること」(パラ2)、NPTおよびこれまでのNPTの枠内で行われた約束を完全に履行する義務があること(パラ4)を再確認した。これら部分は、1次案の内容をやや強化したものといえる。
なお、フランスは、1次案に対して「国際安全保障環境の悪化」に言及すべきであると主張したが、改訂版に加えられることはなかった。
また、「全ての加盟国は、この条約を完全に履行する責任を有していること」(パラ5)を再確認したが、この部分は、1次案と比べて大きく変更されている。1次案では「全ての加盟国は、この条約を完全に履行するための国際環境を整備する責任を有していること」とされていたが、「国際環境を整備する」ことが削除された。この「国際環境を整備する」こととは、アメリカが主張しているCEND(Creating an Environment for Nuclear Disarmament)アプローチを意図するものと思われる(CENDとは、核軍縮の前提として、核軍縮を行える環境を整備するというアプローチである)。アメリカが主張するアプローチを削除したことが、コンセンサスの形成に悪影響を与えたことは想像に難くない。
さらに、「条約に基づいた(核)軍縮構造が侵食されていることに懸念を表明し、関連する条約が相互に強化する関係を強調すること」(パラ6)が新たに加えられた。このパラグラフは、核軍縮に関する表現を強めていることから、コンセンサス不成立の一因となったと考えられる。
核兵器禁止条約についての直接の言及はパラグラフ22のみであり、会議全体を通しても控えめのように思われる。パラグラフ22は、「多くの国が核兵器禁止条約を支持していること、また核兵器禁止条約はNPTを補完するものであることを認識すること」とする。前半部分は、核兵器禁止条約の署名国は70カ国、批准国は23カ国であるという事実を反映したものである。その一方で、後半部分は「核兵器禁止条約はNPT体制を損なう」という核兵器国などのこれまでの主張を明確に否定したものといえる。
また、改訂版には「核兵器のない世界を実現し維持するために、核兵器を禁止する法的拘束力のある規範の必要性を認識すること」(パラ21)が新たに加えられ、核兵器禁止条約の必要性が強調された。
核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)の加盟団体であるReaching Critical Willによれば、改訂版に対してアメリカ大使は「著しく悪い(dramatically worse)」、フランス大使は「有害な内容が含まれている」と述べたという。さらに、アメリカはワーキングペーパーとして提出された「勧告」案に対しても、拒否の姿勢を示すワーキングペーパーを提出しており、態度を著しく硬化させている。
長崎大学核兵器廃絶研究センター(RECNA)のブログによれば、「最初の議長案に対しては、口頭での発言を見る限り、バランスが取れているとして西側諸国が概ね肯定的であったのに対し、非同盟諸国からは核軍縮に関する言及が不足であるとして、多くの批判的な意見が寄せられた」という。
このような指摘からも、改訂版は1次案と比較して、コンセンサスに至ることがより困難な内容となっているということができる。改訂版の作成の背景については、現時点では分かりかねるが、サイード議長が非同盟諸国のマレーシア出身ということは指摘しておきたい。
サイード議長が公表した会議の「振り返り」によれば、「加盟国の見解には、相違点よりも一致点の方がより多かった」と述べ、今後の合意の可能性を示唆している。また、「NPTは、核軍縮および不拡散体制の礎石であるという確信を加盟国は持っている」と述べており、NPTの重要性を核兵器国・非核兵器国を含む全ての加盟国が共有しているとする認識は非常に重要である。
その一方で、「戦略的安定性に対するこの条約の積極的な貢献は、よく理解されており、尊重されている」と指摘し、NPTの安全保障の側面に対する貢献について一定の理解を示した。また、「核軍縮、不拡散、原子力の平和利用の3本柱の調和を図ることが求められる」として、核軍縮の側面のみを強く主張する側に対して牽制する姿勢を示した。
こうしてみると、NPTは様々な問題を抱えているとしても、核兵器国・非核兵器国の双方にとって不可欠な存在であるという認識は共有されているということができる。ここに、人間の理性、そして特別な意味を持つ2020年NPT再検討会議の成功の可能性を見出すことができるのではないだろうか。
文責:小倉康久(明治大学)