NPTレポート③:サイドイベント
現地時間8月1日10:00(日本時間8月1日23:00)に米国ニューヨークの国連本部にて開幕した第10回核不拡散条約(NPT)再検討会議は第2週目に入りました。同会議では、午前と午後の会議の合間に、NPT締約国政府やNGOによるサイドイベントが連日開催されています。本記事では、その中から今週行われたイベントをいくつかご紹介します。
政府によるイベントスケジュールはこちら
NGOによるイベントスケジュールはこちら
⚫︎ 日時:8月8日(月)13:00 – 15:00
【核兵器国の医師ら、声をひとつにして語る(N-5 Doctors Speak with One Voice)】
主催:核戦争防止国際医師会議(International Physicians for the Prevention of Nuclear War:IPPNW)
第2週目初日の月曜日には、核戦争防止国際医師会議(IPPNW)が核兵器国出身の医療従事者らを集めたイベントを開きました。1980年に設立されたIPPNWは、核戦争のリスクを危惧し、医療的観点から核戦争防止を呼びかける国際医師団体で、1985年にノーベル平和賞を受賞しています。核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)の国際運営委員も務めている団体です。本イベントには、核兵器国出身のIPPNWメンバーらがオンラインで参加し、医療的観点から核の脅威と核廃絶の必要性を訴えました。(核兵器国5カ国のうち、中国出身の医師は今回のイベントへの参加が叶いませんでしたが、近い将来の参加を望んでいるとのことでした。)
まず、フランス出身の医療従事者でIPPNWフランスのメンバーであるエラ・ファイス医師(Dr. Ella Faiz)がICANの調査報告書「No place to hide(隠れる場所はどこにもない)」に言及し、もしパリで核兵器が1発使用されたらどうなるかというシナリオに基づき、医療的側面から核兵器使用の壊滅的な被害について具体的に解説しました。「我々医療従事者は患者を愛しています。36時間寝ずに働ける私たちですが不死身ではありません。7つの病院は大破し、我々自身も、即死しなければ重度の傷を負い、百万人以上の負傷者を前に私たちに出来ることは何ひとつないでしょう。フランスは現在290の核弾頭を保有していますが、たったひとつの爆発による被害でさえこの国の医療は対応できません。人命を救えない状況は防がねばなりません。核兵器は廃絶するしかないのです」と力強く語りました。
続いて、英国のレスリー・モリソン(Leslie Morrison)元医師がビデオメッセージを寄せました。モリソン元医師は、英国スコットランドのIPPNW加盟医師団体である「Medact Scotland」のメンバーで、引退されるまでホームドクターとして勤められました。モリソン元医師は、現在の英国政府が核兵器の拡充を意図していることや原子力潜水艦を豪州に提供したことは、NPT締約国としてその規範に反していると批判しました。その点、来年10月に予定されているスコットランド独立に関する討議及び国民投票は、核兵器に関する問題に焦点をあてる絶好の機会であり、そうすべく現在同団体は活動していると述べました。メッセージの最後には「核戦争がもたらす被害には、効果的な医療対応は存在しません。だからこそ核の脅威を何としてでもなくさなければならない。そして、このメッセージを一般市民や政府に伝え広める事は、医療従事者の責務です」と語りました。
モリソン元医師の次に、米国マサチューセッツ総合病院の医師であり、IPPNW加盟団体である「社会的責任を果たす為の医師団・ボストン支部(Greater Boston Physicians for Social Responsibility)」のメンバーでもあるジョー・ホジキン医師(Dr. Joe Hodgkin)がオンラインで登壇されました。ホジキン医師は、本来であればNPTは核の脅威を無くすために十分な条約であるはずだったが、現実にはそのプロセスや現状に多くの問題があり、核廃絶への道が難航していると述べました。会議における核保有国の発言に対しては「核兵器保有国は、NPT会議において核兵器は絶対に使用されてはならないものであり、核戦争は絶対に起こしてはならないと言うが、彼らの行動を鑑みると、その発言は偽善である」と批判。「核兵器国は、現在進行中の(ロシアのウクライナ侵略による)紛争で核兵器を使用しないと明言せずこの会議を去ることがないよう要求する」と述べました。
次にIPPNWロシアの代表で心臓専門医であるオルガ・ミロノバ医師(Dr. Olga Mironova)がビデオで登壇し、志を同じくした世界中の医療関係者が長く訴えている、核戦争の防止の重要性を再確認することが大切であると述べました。そして「医師が最も重んじることは、人の健康であり、それは国や政治的見解、山積みの問題についての意見の違いなどを超えて共有される価値観です。病気や怪我というのは、治療するより予防する方が良いことは医師であれば皆知っています。可能な限り多くの人命を救う為には、現在最も重要で差し迫った問題、つまり核戦争の脅威と気候変動による影響に対して我々は協力し立ち向かう必要があります。我々の子供達の将来は私たちにかかっています」と語りました。
最後を締めくくったのは、赤十字国際委員会(ICRC)のベロニーク・クリストリー(Véronique Christory)軍縮問題上級顧問です。クリストリー上級顧問は、77年前にICRCの医療関係者が目撃した広島と長崎の壊滅的状況がどのようなものであったかを紹介し、放射線の深刻な影響は今日まで続いていること、日本赤十字関係者やその他多くの医療従事者が、現在も数千人の被爆者が患っている癌や様々な病気の治療に携わっていることを語りました。彼は、NPT再検討会議に被爆者が出席していることに言及し「私たちは皆、被爆者のみなさんに敬意を表さねばなりません。彼らの存在、そして彼らの証言は、私たちにとって最も重要な価値を持っています」と述べました。そして「77年が経った今日、国際社会は核戦争による被害に対する対応策も医療的能力もいまだ保有していません。治療できないものは、防がなければなりません」と訴えました。また、核兵器禁止条約がNPTに補完的であること、特に被害者支援と環境修復に関する条項の重要性について触れました。
質疑応答では、核兵器の脅威に関する軍縮教育の重要性、新型コロナウイルスの蔓延に伴い広がる医療や科学への不信感、や異なる意見の対立の中でどのように一般市民の関心を高めるのか、などについて活発な議論が会場及びオンライン参加者の間で交わされました。
*イベントの録画はこちらから視聴可能です。
⚫︎日時:8月9日(火)13:15 – 14:30
【実現可能を実現する為に:中東非大量破壊兵器地帯(Achieving the Possible: A Middle East WMD Free Zone)】
主催:アイルランド政府代表部、中東条約機構(The Middle East Treaty Organisation:METO)、ローザ・ルクセンブルグ財団NY支部
9日火曜日に行われた各種イベントの中からは、中東非大量破壊兵器地帯の実現に向けた取り組みについてのイベントをご紹介します。これはアイルランド政府代表、中東条約機構(METO)、そしてローザ・ルクセンブルグ財団NY支部の共催で行われ、オーライス・フィッツモーリス アイルランド政府核軍縮不拡散課長(Orlaith Fitzmaurice, Director of Disarmament and Non Proliferation)、モハメド・エルギタニー エジプト政府核軍縮・原子力平和利用課長(Mohamed Gamal Elghitany, Director of Disarmament and Peaceful Uses of Nuclear Energy)、シャロン・ドレフ中東条約機構事務局長及びレオナルド・バンダラ(Leonardo Bandarra)中東条約機構シニア・アソシエイトが登壇しました。
始めに、エルギタニー課長は、中東非大量破壊兵器地帯の実現という困難な目標に向けた国連や各国政府、市民社会の活躍と運動の進展を讃え、同構想について話し合うための国際会議は全ての関与国に対し平等に開かれており、その姿勢が中東を「誰も触れたくない地域」から「実現可能な目標に対し希望を与える事例を作ることに成功した」と述べました。
次に、中東条約機構のドレフ事務局長が市民運動家の視点から中東非大量破壊兵器地帯実現のための取り組みについて発言しました。彼は「私は外交官ではありませんから、思ったままを言葉にすることができます。1995年の決議は善意に基づいていませんでした。実現不可能なものをどうして約束することができましょう。話し合いの場にいるべき一国が不在のまま、どうやって中東非大量破壊兵器地帯を実現することができるというのでしょう」と語りました。
1995年の決議は、関係する全ての国によるNPTへの参加及び地帯設立のための実際的な措置を取ることを求めていますが、同地域の核保有国であるイスラエルはNPTに参加すらしていません。つまり最初から(イスラエルがNPTに参加しない限り)実現不可能、もしくは大変困難な条件が項目に入っていました。その結果、中東非大量破壊兵器地帯の実現プロセスは難航し、2015年のNPT再検討会議はこの問題をめぐり失敗に終わりました。ドレフ事務局長は続けて、イスラエル国内のこの問題に関する社会の意識の低さについて触れ、「(この問題をめぐる)議論の欠如は不利に働きます。我が国イスラエルには、それが今ありません、でもここNPTの会議場にはそれが存在します。それがアイデアに力を与え、将来への道筋を切り開いていく力になります」と語りました。
さらに2015年以降のアラブ・グループによる中東非大量破壊兵器地帯構想のリーダーシップに関し「あまりに長い間、世界は中東と対話しよう、教えよう、先導しようとしてきました。しかし我々が学ぶべきことは、特にNPT再検討会議という場においては、中東は世界に教えることができるものを持っている、という事実です」と語り、発言を締めくくりました。
ドレフ氏が事務局長を勤める非政府組織である中東条約機構は「Achieving the possible」をモットーに掲げています。非現実的な理想を最初からゴールに掲げるのではなく、現実可能な目標をひとつひとつ確実に実行し、積み上げていくという姿勢が今回の発表全体に強く現れていました。また、ドレブ事務局長は、現在のイスラエルの立場から正式な会議参加が困難であるならば、オブザーバーという形での参加を促すべきであり、イスラエル国内の(中東非大量破壊兵器地帯構想に関する)言説が変わることが困難であれば、それを取り巻く中東諸国そして国際社会の言説をイスラエルが無視できない程大きく変化する事を優先させるべきであると語っていたことが印象的でした。
次に発言したバンダラ・シニアアソシエイトは、中東条約機構の主な活動である中東非大量破壊兵器地帯条約の草稿の具体的内容について説明しました。
最後にフィッツモーリス課長は、このような中東での動きを世界は見習うべきであると非大量破壊兵器地帯形成に向けた活動に賞賛を送り、アイルランド政府は、それを今後も継続的に支援する姿勢であると述べました。
*参考:中東非大量破壊兵器地帯構想とは(日本外務省Webサイトより)
⚫︎日時:8月10日(水)13:15 – 14:30
【より良い明日への希望:現存する二大危機に関する考察(Hope for a Better Tomorrow: Reflections on the Twin Existential Threats)】
主催:キリバス政府代表、リバース・ザ・トレンド(Reverse The Trend:RTT)、核時代平和財団(Nuclear Age Peace Foundation:NAPF)、マーシャル諸島教育イニシアチブ(Marshallese Educational Initiative:MEI)、プロスペクトヒル財団(The Prospect Hill Foundation)
10日には、核兵器と気候変動という現在人類が直面する二大危機についてのサイドイベントが、キリバス国連政府代表やその他の団体による共催で開かれました。パネリストには、テブロロ・シト(Teburoro Tito)国連キリバス政府代表、マグジャン・イリヤソフ カザフスタン国連大使、ベネティク・カブア・マディソンマーシャル諸島教育イニシアチブ代表、そしてアリシア・サンダース-ザクレ核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)ポリシー・リサーチコーディネーターが登壇しました。
キリバスのシト政府代表は、自国で行われた核実験についてキリバス国民が事前に知らされていなかったこと、後日に受けた説明では「より良い世界の実現のため」と言われたが、実際は一部の国や企業の政治的・経済的発展のためであったことなどを挙げ、核兵器によって被害を被るものもいれば、それで利するものもいることを語りました。また、太平洋諸国は、核実験の被害を語り継ぐ責任があり、同様に核実験被害国であるマーシャル諸島やカザフスタンを核実験の負の遺産を共有するパートナーとして歓迎すると述べました。
続いてマグジャン・イリヤソフ カザフスタン国連大使は、カザフスタンが被ったロシアによる核実験の被害の規模と負の遺産について触れ、同国の核廃絶への取り組みやNPTでの貢献について紹介しました。そして20年前と比べて気候変動がいかに日常的な話題となる問題になっているのかについて語り、核兵器の問題も気候変動と同じように日常的に語られ、意識されるよう声をあげ続けることやユースの積極的な取り込みの重要性など、核兵器廃絶運動は気候変動に対する運動のモデルから学ぶべきことがあると述べました。
次に、マディソン・マーシャル諸島教育イニシアチブ代表は、自身の体験をもとにマーシャル諸島の国民が核実験による放射能汚染や魚の乱獲、気候変動など、他国による負の影響によって強制的に外国へ移住せざるを得ない状況に追い込まれている事実について語りました。
最後に、サンダース-ザクレICANコーディネーターは、核兵器禁止条約が現存する国際法で唯一、核実験被害者を含む核兵器による被害者の援助と環境修復を明確に述べているものであること、また、同条約が国際人道法やNPT第6条及び7条を補完するものであることを述べました。
以上、NPT再検討会議第2週に行われたサイドイベントをいくつかご紹介しました。
さまざまな側面からNPTに関わっている専門家や当事者の話を聞いたり、参加者による積極的な議論や対話に触れることで、NPTを取り巻く現状をより深く理解する良い機会となりました。
ロバートソン石井りこ(ピースボート 国際コーディネーター)