【2022NPTレポート】報告書案 ― 日本NGOの要請5項目と比較する
8月1日からニューヨーク国連本部で開催されている第10回核不拡散条約(NPT)再検討会議では、会議の前半2週間が終了し、各主要委員会および補助組織による報告書案が提出されました(報告書案はこちら)。
核兵器廃絶日本NGO連絡会は、今回のNPT再検討会議の開催に先駆けて、同会議において日本政府が目指すべき成果として、
1. 核兵器国が、これまでの約束を守り、核軍縮に一層努めるよう求めること、
2. 核兵器の非人道性について、最終文書にきちんと書き込むこと、
3. 少なくとも「核兵器を先には使わない」ことを約束するよう核兵器国に求めること、
4. 核兵器の材料を生み出す再処理計画はやめること、
5. 核兵器禁止条約の意義を認めて、明記すること
の5点を訴えてきました(日本政府に提出した要請書はこちら)。
以下では、NPT再検討会議で提案された報告書案のうち、この5項目に関連する内容を紹介し、最終文書採択に向けた論点について解説します。
(以下、PPは前文、OPは主文のパラグラフ番号、MC1は主要委員会Ⅰ、MC2は主要委員会Ⅱ、SB1は補助組織Ⅰをそれぞれ指す)
※ 主要委員会Ⅰからは15日付けで、補助組織Ⅰでは16日付で報告書案修正版が提出されていますが、以下ではそれぞれ12日付けの報告書案(NPT/CONF.2020/MC.I/CRP.1およびNPT/CONF.2020/MC.I/SB.1/CRP.1)に基づいて分析と解説を行っています。
- 核兵器国による過去の合意の履行・核軍縮
NGO連絡会は「核兵器の完全廃棄のための明確な約束」を含む、NPT第6条の履行に関する過去の合意(1995年、2000年、2010年)の再確認と核兵器国による合意の履行を求めてきました。
この点について、主要委員会Ⅰによる報告書案では、1995年の再検討・延長会議における決議・決定や2000年再検討会議の最終文書、2010年再検討会議の行動計画が言及され、それら「全ての約束の継続する有効性(the continued validity of all commitments)」を再確認する(MC1, OP5)ことが述べられています。別のパラグラフでは「核兵器の完全廃棄のための明確な約束が核兵器国によって再確認されたこと」に留意する(MC1, OP9)とも述べられています。
これらを踏まえ、核兵器国が更なる核軍縮を進め、核兵器の完全廃棄の義務を完遂するよう、これまでのNPT再検討会議における合意を最終文書に明記できるかどうかが問われています。
- 核兵器の非人道性の明記
NGO連絡会は、2010年の再検討会議で確認された「あらゆる核兵器使用がもたらす破滅的な人道上の帰結への憂慮」や「いかなるときにも国際人道法の遵守」をする必要性の表明を含め、最終文書における核兵器の非人道性の明記を求めてきました。
これについて、主要委員会Ⅰの報告書案は、「核兵器の破滅的な人道上の帰結に対する深い憂慮を繰り返し表明する(reiterate its deep concern at the catastrophic humanitarian consequences of nuclear weapons)」(MC1, OP27)と強調し、補助組織Ⅰの報告書案も「あらゆる核兵器使用がもたらす破滅的な人道上の帰結に対する深い憂慮を示すとともに、これらの帰結への認識が核軍縮に向けた全てのアプローチと努力を支えなければならない」(SB1, PP2)と述べています。主要委員会Iの報告書案は、さらに踏み込んで、健康や環境、インフラ、食糧安全保障、気候、開発、社会的結合、グローバル経済に対する核兵器の短期・中期・長期的な影響が「かつて理解されていた以上にきわめて重大(significantly graver than previously understood)」(MC1, OP29)であるとしています。また、このような「核兵器使用のリスクを排除する最善の方法は、核兵器の完全廃棄を含む、条約の完全な履行に変わりない」ことも再確認されています(MC1, OP15)。
ただし、報告書案に対する核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)のコメントでも触れられているように、現時点での報告書案には「いかなるときにも国際人道法の遵守」をすることについての言及はありません。
- 核兵器の先制不使用の約束
核兵器の先制不使用については、補助組織Ⅰの報告書案において、「核兵器国とその同盟国」が安全保障ドクトリンにおける核兵器の役割を減らし、それをなくすためのステップを取ることに合意すると述べられ、「核兵器国にとって、これには先制不使用あるいは唯一の目的ドクトリンの採用が含まれるべき(SB1, OP5)」であるとされています。ICANによれば、NPTにおいて、核の傘の下にある同盟国にも核軍縮への責任があり、自らの核兵器への依存を変える必要性があることが明示的に述べられたのは初めてだと言います。
ただし、アメリカやロシアは現在、核兵器の先制不使用あるいは唯一の目的政策とは相容れない核戦略を用いています。例えば、アメリカは、トランプ政権期に行われた2018年の核態勢見直し(NPR)において、非核戦略攻撃(non-nuclear strategic attacks)に対しても核兵器の使用を検討すると述べており、バイデン政権によるNPRでも、核兵器の唯一の目的政策の採択が見送られたとされています(例えば、朝日新聞による記事を参照)。ロシアも、2020年の政策文書において、核使用が想定されるケースとして核攻撃に対する報復のみならず、通常兵器による攻撃で国家の存立が脅かされた場合などを挙げています(例えば、長崎大学核兵器廃絶研究センターのブログ記事を参照)。このように両国は現在、紛争がエスカレートした場合に核兵器を先に使用しうる政策を取っています。また、先制不使用について、同盟国の1つである日本政府は「全ての核兵器国が検証可能な形で同時に行わなければ有意義ではない」と消極的な姿勢を示しており(例えば、NGO連絡会による記事を参照)、過去にはアメリカが検討していた先制不使用政策に反対したという報道もあります(例えば、東京新聞による記事を参照)。
このように先制不使用の約束をめぐっては多くの困難が予想されますが、裏を返せば、それが最終文書に明記されれば核兵器国の安全保障政策の変化に繋がっていく可能性があると考えられます。
- 再処理形計画の中止
NGO連絡会は、日本政府に対して、核兵器開発に転用可能なプルトニウムを生み出す使用済み核燃料の再処理計画の中止を求めてきました。今のところ、NPTの最終文書案において再処理計画に関する直接的な言及はありません。
また、今回のNPT再検討会議に際して、NGO連絡会として懸念を表明したAUKUSに基づくオーストラリアへの原子力潜水艦の技術移転については、主要委員会Ⅱの報告書案において、海軍の原子力推進技術(naval nuclear propulsion)は「不拡散における最高度の基準と保障措置協定の関連条項の適用が求められる」(MC2, OP29)と述べられています。
- 核兵器禁止条約の意義を認める
核兵器禁止条約については、主要委員会Ⅰの報告書案において、核兵器禁止条約が2017年に採択されたこと、同条約が2021年1月に発効し、その第1回締約国会合が2022年6月に開催され、政治宣言と行動計画の採択によって閉幕したことを認識する(acknowledge)と述べられています(MC1, OP31)。
ただし、核兵器禁止条約とNPTとの補完性についての言及はありません。また、核被害については、被爆者や核の被害を受けてきた人々との交流や経験の共有を通じた意識啓発の必要性が述べられている(SB1, OP23)ものの、被害者への支援や汚染地域の環境修復についての言及はありません。
その他にも報告書案は「核戦争に勝者はおらず、決して戦ってはならない」との宣言や消極的安全保証、新START後継条約や核軍備管理への多国間交渉に向けた対話、核リスクの低減措置、ジェンダーの平等な参加、ウクライナのザポリージャ原発に関する問題などについても触れています。
浅野英男(核兵器廃絶日本NGO連絡会 事務局)