Campaign News

2025年08月25日

【開催レポート】8.7 核兵器禁止条約フォーラム

 第2回「核兵器禁止条約(TPNW)フォーラム~核抑止からのパラダイムシフトに向けて~」が8月7日、長崎市の国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館で開催されました(アーカイブ動画はこちら、登壇者資料はこちら)。

 オーストリア外務省軍縮・軍備管理・不拡散局長のアレクサンダー・クメント氏が「核抑止のリスクと不確実性~TPNW第3回締約国会議からの問題提起~」のテーマで基調講演を行いました。続くパネル討論には秋山信将氏(一橋大学教授)、鈴木達治郞氏(NPO法人ピースデポ代表)、向和歌奈氏(亜細亜大学准教授)が登壇、核兵器をなくす日本キャンペーン・コーディネーターの浅野英男さんが進行役を務めました。

 フォーラム冒頭の問題提起で、浅野さんは核兵器をなくす日本キャンペーンの政策提言「核兵器禁止条約マニフェスト」を紹介。核戦争のリスクがこの数十年で最高レベルに悪化している現状を踏まえ、核抑止が安全保障の最終形態であってはならず、その枠組みから脱却する努力が必要であると訴えました。特に、東アジアでは核リスクが高まっており、軍事基地を抱える日本も核攻撃の標的になる危険性がある。そのため、日本は米国や他の核保有国も含めた形で、東アジアにおける核不使用の規範を強化し、核リスクの削減や軍縮外交を通じた核の脅威の削減を主導していく必要性を強調しました。

アレクサンダークメント氏の基調講演「核抑止は人類の生存そのものを危険にさらす」

 基調講演でクメント氏は、核兵器禁止条約を「核抑止のパラダイム」に正面から挑戦する条約であると位置づけ、以下の論点を提示しました。

  • 核使用がもたらす影響は人道的・環境的なものに留まらず、社会経済や食料安全保障にまで壊滅的な打撃を与える
  • 核抑止は政治指導者による合理性に依存しており、これを過信することは危険である
  • 核抑止は、常に事故、誤算、抑止が失敗するリスクがある
  • 核抑止の「利益」は仮定的かつ不確定なものであるのに対して、その帰結やリスクに関する科学的データは信頼性が高いものである

 そのうえで、クメント氏は核使用が国際人道法とも両立せず、人類の生存そのものを危険にさらすものだと警鐘を鳴らしました。そして、次回の会議である2026年までに研究やアドボカシーを進め、核兵器禁止条約の普遍化と懐疑派への関与を進めるべきだと訴えました。

パネル討論における3氏の指摘

 パネル討論では、秋山氏、向氏、鈴木氏が核抑止や現代の安全保障における課題について議論を行い、以下のような指摘をしました。

 まず、秋山氏は、安全保障の不確実性を踏まえ、「最終的には敵対する相手との対話こそが重要である」と述べ、「どのようにすれば対話ができるのか」という課題を提示。さらに、各国の事情と国際的な安全保障のギャップを埋めることが、核抑止からの転換に不可欠であると主張しました。その上で、国際規範を無視する国が存在する現実を踏まえ、核兵器不使用の規範を維持しつつ、現実的に核兵器を削減していく重要性を強調しました。

 次に、向氏はクメント氏の講演を踏まえて、「これまで当たり前とされてきた核抑止を疑う必要がある」と指摘。さらに向氏は拡大核抑止を多角的に考察し、核軍縮の観点からすると阻害要因であり、脱却が不可欠だと主張。一方で、国家安全保障の観点からは、脱却が容易でなく、代替案を考えていくことが不可欠であると述べました。そして核兵器は使用リスクを残し、不信や疑念を助長する点で「現代社会における大きな危険である」と強調しました。

 最後に、鈴木氏は、核抑止からのパラダイムシフトの必要性を強調しました。安全保障は国家に限定されるものではなく、人々の自由や生活の安定を守る広い概念であると指摘。さらに「核抑止は盾ではなく矛であり、攻撃的な政策である」と批判し、核抑止が破綻すれば、犠牲になるのは日本であると警鐘を鳴らしました。そのうえで、市民社会の変革力に期待を寄せ、全人口の3.5%が非暴力運動に参加すれば社会は変わるという「3.5%ルール」を紹介し、市民運動の拡大を呼びかけました。

登壇者による討論

 秋山氏は鈴木氏の主張に対して、日本が核抑止を手放したとしても、中国の核軍縮で応じることを保証できないという問題を指摘しました。これに対して、鈴木氏は、核抑止は不信に基づく仕組みであり、段階的に信頼を築くことで依存から脱却していくべきだと主張し、ASEANやEUの事例を示しました。

 向氏は、東アジア情勢を事例に挙げ、防衛力の強化がむしろ周辺国の脅威認識を高める可能性もあると指摘。これに対し、秋山氏は、言葉によるコミュニケーションに限界がある中では、シグナルを通じて互いの懸念を理解し合う努力が不可欠であると述べました。

 さらに、向氏は市民運動が日本で根付きにくい点を指摘し、どうすればさらに広がるのかという問いを投げかけました。これについて鈴木氏は、市民の考えを理解することや学術ネットワークを通じた働きかけの重要性に触れました。浅野さんは、核問題の間口を広げていく重要性と対話の重要性を強調しました。また、秋山氏は第五福竜丸事件後の市民運動を例として挙げ、核兵器の問題を身近な問題として考え、市民が自分事として捉えられるようにすることが共感を広げることに繋がると述べました。

 後半の質疑応答では、フロアから「核のない安全保障の選択肢は?」、「対話の場をどう作るか?」などの質問が寄せられ、登壇者は「核が使われない歴史を積み重ねること」、「ネットワークの形成やできる限り多くのコミュニケーションを重ねること」が鍵になると回答しました。

核兵器に頼らない安全保障構築のため、多層的な取り組みを

 今回のフォーラムを通じて、核抑止に依存した状態は安全保障上の不確実性やリスクを根本的に解消できない点が明らかになりました。各登壇者は、異なる視点から課題を提示しつつも、対話を通じた信頼関係の構築、市民運動の拡大、そして核兵器を使用しない規範を維持・強化していく重要性を強調しました。核抑止からの脱却は容易ではないが、市民社会、政策立案者、研究者による多層的な取り組みを積み重ねていくことこそが、核兵器に頼らない安全保障の構築に繋がっていくことが改めて示されました。

核兵器をなくす日本キャンペーン・インターン
高村凛

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