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2023年08月21日

2023 NPTレポート7 ― NPTの危機を乗り越える手がかりを考える

(写真:国連 UN Web TV

はじめに

 ウィーンで開催された第11回核不拡散条約(NPT)再検討会議の第1回準備委員会(7月31日ー8月11日)は、異なる立場の国の間における分断が極めて深刻であることを改めて浮き彫りにした。それを象徴するのが、ヤルモ・ヴィーナネン(Jarmo Viinanen)議長が取りまとめた「事実要約案」(Draft Factual Summary)が、会議の公式文書リストからは削除されるという出来事だった。
 NPTは、核不拡散、核軍縮、原子力の平和的利用の三本柱からなる。今回の準備委員会では、それらの柱のもと、個々の論点をめぐり異なる立場の国の間で激しい議論が行われた。対立する議論をヴィーナネン議長の責任でまとめたのが「事実要約案」であった。しかしながらロシア、イラン、中国、シリアは、この事実要約案は西側諸国の視点に偏っていると批判し、同文書は会議の公式文書リストからは削除された(以上ついては、長崎大学核兵器廃絶研究センターによるレポート第5号が詳しい)。
 事実要約案は、個々の論点をめぐり対立する議論を、いわば両論併記の形でまとめたものである。2026年の第11回NPT再検討会議に向けた論点整理ともいうべきこの文書の「存在」を認めるか否かが争点となるところに、今日のNPTの行き詰まりの深刻さを感じた。

NPTが果たしている事実上の機能

 準備委員会であらわになった異なる立場の国の間における深刻な分断は、NPTに対してどのような影響を及ぼすと考えられるであろうか。
 NPTでは、核不拡散、核軍縮、原子力の平和的利用の三本柱について、条約の目的が実現されることが期待されている。しかし、2015年に続き2022年の再検討会議も最終文書の採択に失敗し、条約の履行を図るための合意が形成されない事態が続いている。そうした中、核兵器をめぐる状況は、国際的な安全保障環境の悪化とともに懸念の度を増し、この状況に対処するための議論の道筋も見えていない。
 核不拡散については、ロシアの戦術核兵器の一部をベラルーシへ配備する動きを契機として、そもそも北大西洋条約機構(NATO)が行ってきた「核共有」(nuclear sharing)は、核不拡散の義務に抵触するのではないかとの議論が再燃している。オーストラリア、米国、英国の3カ国によるAUKUSの枠組みで、オーストラリアが原子力潜水艦を取得する計画もまた、核不拡散の義務との関係が問題とされている。
 核軍縮については、核弾頭の総数は減っているものの現役の核弾頭数は増えており[1]、核軍縮の義務の履行とは反対に核軍拡が始まっている。また核兵器国は、保有核兵器の質的な向上を進めており、核軍縮の義務は極めて大きな逆風に晒されている。核軍縮どころか、ロシアによるウクライナに対する戦争により、核兵器使用のリスクがこれまでにないほど懸念されている。
 原子力の平和的利用については、ザポリージャ原発への攻撃が懸念される状況下での原子力の平和利用施設の安全性確保の問題、福島第1原子力発電所における「処理水」放出の問題をめぐる議論がある。
 他方でNPT第9条3項は、「この条約は、その政府が条約の寄託者として指定される国及びこの条約の署名国である他の四十の国が批准しかつその批准書を寄託した後に、効力を生ずる。この条約の適用上、『核兵器国』とは、1967年1月1日前に核兵器その他の核爆発装置を製造しかつ爆発させた国をいう」と規定する。この規定に該当する国は、アメリカ、ロシア、英国、フランス、中国の5カ国だけである。
 以上の状況から結果的に、核兵器国による核兵器の保有に法的根拠を与えるという機能がNPTにおいて突出するようになった。NPTは事実上、上記の5カ国に対して核兵器国としての特権的な地位を認める以外の機能を果たしていないのではないか。このように評価されてもやむを得ないような状況が生じている。確かにNPTには、核兵器国も参加して核軍縮の義務をめぐり対話をするフォーラムとしての機能がある。しかしながらその機能すらも、核兵器国による核保有を固定化するための現状維持(status quo)の手段とみなされかねないという点で、NPTの機能不全は深刻である。
 こうした状況が、NPTに対する信頼性に良い影響を及ぼすはずがないであろう。準備委員会では、核不拡散体制の礎石としてまた核軍縮追求の基礎として、NPTの中心的役割が締約国により繰り返し確認されたが、それはNPTに対する信頼性が損なわれつつある状況に対する懸念の裏返しであるかのように思える。NPTの枠組みの外で核兵器を保有するイスラエル、インド、パキスタン、北朝鮮の存在により、NPTの普遍性は制約と挑戦を受けていることも忘れてはならない。

なぜNPTは機能不全に陥ってしまったのか

 NPTは、なぜこうした状況に陥ってしまったのだろうか。この問題には、核兵器国が法を状況依存的に利用してきたことへの代償という側面があることは否定できないであろう。
 どのような法も完全な存在ではなく、「抜け穴」が存在しうる。各国が安全保障上の利益を追求し、外交交渉を通じた妥協により成立したNPTもその例に漏れない。ここで重要なのは、核兵器国やその核兵器を安全保障政策の前提としている非核兵器国が、そのような「抜け穴」を自国の安全保障上の利益のために利用することで、かえって自国の安全保障上の利益を損なう事態を招かないようにする賢慮や自制を持ち合わせているかにあるのではないか。
 ロシアによる核兵器の使用の威嚇の問題を例に、この問題を考えてみよう。そもそも核抑止とは、核兵器の使用を示唆する脅しで自らが望まない行動を相手にさせないことであり、抑止が破綻した場合には核兵器を使用することが前提とされている概念である。核抑止政策とは、壊滅的な破壊力を持つ核兵器の「使用」を前提とする政策なのである。
 こうした核抑止政策は、NPTの規定上は禁止されていない。他方、先に述べたようにNPT第9条3項は、アメリカ、ロシア、英国、フランス、中国の5カ国による核兵器の保有に法的根拠を与えている。これらの5カ国はそれぞれ核抑止政策を採用しているため、核保有に法的根拠を与える第9条3項の規定は、5カ国にとって不可欠のものとなる。
 核抑止政策を採用するロシアによる無責任な核兵器の使用の威嚇や使用は、当然ながら絶対に許されるはずがない。国連は2022年3月2日、総会決議A/ES-11/L.1により、ウクライナに対するロシアの行為を「侵略」(aggression)と認定した[2]。ロシアの行為が国連憲章第2条4項に反する「違法」(unlawful)な行為であることが認定されたことから[3]、ウクライナやそれを支援する国に対してロシアが核兵器により威嚇する行為は、「武力による威嚇」に該当し違法であるものと解される。
 それでは、核抑止政策を採用し、ロシアを批判する米国とその同盟国側の核兵器に関する見解はどうであろうか。G7による広島ビジョンは、「我々の安全保障政策」は、核兵器が存在する限りにおいて、「防衛目的のために役割を果たす」との理解に基づくと述べている。それでは「防衛目的のため」に必要であれば、G7の安全保障政策は核兵器を使用する決意を意味するものなのだろうか。そのような決意を示すことは、核兵器の使用の威嚇とは異なるのであろうか。
 世界を危険にさらす核抑止政策について、選択的に非難することは果たして妥当なのだろうか。ロシアの核兵器の使用の威嚇を批判するならば、その他の国による核兵器の使用の威嚇も同時に批判されることにならないのだろうか。
 さらに、「防衛目的のため」に必要な場合、米国やその同盟国による核兵器の使用は、「責任ある」ものとして許されるのであろうか。その場合の責任とは、どのようなものであるのだろうか。
 核共有の問題について言えば、かねてからNATO諸国が行なってきたことに対するロシアの側からのしっぺ返しとも言える状況が生じている。ロシアの戦術核兵器の一部をベラルーシへ配備する動きを厳しく批判した欧州の国々から、NATOの核共有を擁護する発言が見られた。たとえば、バルト三国やドイツ等は、核共有はNPT発効のはるか以前から実施されたものであり、「NPTと完全に合致している」と述べている。
 しかしながら実際には、NATOの核共有の問題は常に論争の的となってきたというのが事実である。エジプトのモハメド・シェーカー(Mohamed I. Shaker)大使が研究書『核不拡散条約:起源と履行1959-1979』[4]で克明に記しているように、NATOの核共有は条約交渉中の主要な論点の一つであった。今日のロシアの行動は、この論点に関するNATO諸国の主張を逆手にとっているものであると見ることができる。
 AUKUSの枠組を通じてオーストラリアが原子力潜水艦を取得する計画についても、将来、これを批判するロシアや中国等の国々からのNATOの核共有と同様のしっぺ返しがないと断言できるのだろうか。
 AUKUSにおける原子力潜水艦の核燃料は核兵器としても使い得る高濃縮ウラン(HEU)が用いられる可能性が高く、しかも原子力潜水艦の活動は平和的な原子力活動に該当しないため、取得見込みの核燃料がIAEAの保障措置外に置かれることになることが大きな問題とされる。NPT第2条は「核兵器その他の核爆発装置」に関する禁止規定であり、核燃料に関する禁止規定はない。他方、保障措置の対象はNPT第3条1項において、「すべての原料物質及び特殊核分裂性物質」とされているが、これも「すべての平和的な原子力活動」に限られるので、原子力潜水艦の核燃料は保障措置の対象外となる。この点は、NPTの重要な「抜け穴」として指摘されてきた(以上ついては、長崎大学核兵器廃絶研究センターによるレポート第3号が詳しい)。
 以上見た核兵器の使用の威嚇、核共有、AUKUSの問題は、NPTの「抜け穴」を自国の安全保障上の利益のために利用することで、かえって自国の安全保障上の利益を損なう事態を招かないようにする賢慮や自制を核兵器国やその核兵器を安全保障政策の前提としている非核兵器国が持ち合わせているかどうかを問うものである。

状況打開への手がかりを考える―おわりにかえて

 最後に、機能不全に陥ったNPTの状況を打開するための手がかりがどこにあるかについて少し考えてみたい。
 第一に、核不拡散を約束するNPTの原点に立ち戻るということである。NPTの交渉を求める国連総会決議A/RES/2028(XX)には、「この条約には、核保有国や非核保有国が、直接的、間接的を問わず、いかなる形であれ核兵器を拡散させることを許すような、いかなる抜け穴(loop-hole)もあってはならない」との項目2(b)があった。核不拡散をめぐる議論での分断が深刻な今、NPTの原点であるこの項目に立ち戻って議論を再開すべきであろう。
 核兵器の不拡散は、すべての締約国に共通する利益のはずである。核兵器国は、それぞれ異なる立場にあるにせよ、核兵器の不拡散という共通の利益を実現するために項目2(b)の原則に立ち戻り、NPTの核不拡散義務の履行に努めるべきであろう。この努力は、すべての締約国におけるNPTに対する信頼性を維持する上で最低限必要な点である。
 第二に、政治状況に左右されずに法的な観点からの議論を行うという点である。核兵器の使用の威嚇の法的評価について言えば、ロシアが行なっているような個別の状況における核兵器の使用の威嚇を非難しなければならないのか、それとも核抑止政策による一般的な威嚇を問題にしなければならないのかといった点を、真摯に議論すべきであろう。別の機会に触れたように、この問題提起は、ウィーン軍縮不拡散センターのガウハー・ムハジャノワ(Gaukhar Mukhatzhanova)国際機関・核不拡散プログラム・ディレクターが、準備委員会における日本政府主催のサイドイベントで指摘したものであるが、筆者はこの問題意識を共有する。
 核兵器の使用の法的評価については、1996年の国際司法裁判所による勧告的意見を踏まえるならば、「過度の巻き添え被害を伴わない核兵器の使用が可能か」という問いは、今日もなお核兵器の保有国に問われ続けているということを指摘したい[5]。この問題は、核兵器の使用により引き起こされる壊滅的な巻き添え被害を適法化するような軍事的利益とはどのようなものであるかについて、核兵器を使用する国は説明をする必要があることを意味している。
 日本政府のイニシアチブによる「核軍縮の実質的な進展のための賢人会議」が発表した、「賢人会議提言:効果的な核軍縮への橋渡し―2020年NPT運用検討会議のための提言―」(2018年3月)は、核兵器禁止条約の成立により核軍縮における2つの潮流の対立がより先鋭化したとの認識に立ち、「議論における礼節を取り戻す」ことの重要性を指摘した。深刻な機能不全を見せるNPTを救うためには、核軍縮のみならず核不拡散や原子力の平和利用をめぐってもまた、「議論における礼節を取り戻す」ことが重要である。政治状況に左右されずに法的な議論を行うことは、「議論における礼節を取り戻す」方法の一つであろう。国際社会における「法の支配」を「国益」とし、NPTを「国際的な核軍縮・不拡散体制の礎石」とする日本には、その議論をリードする役割が期待されているはずである。

長崎大学核兵器廃絶研究センター教授 河合公明

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[1] これは、核弾頭の総数から 「退役・解体待ち」の核弾頭数を除いたもの、すなわち配備されていつでも使える状態にある核弾頭と、配備に備えて貯蔵されている核弾頭数の合計を指す。

[2] UN Doc, Aggression against Ukraine, A/ES-11/L.1, 1 March 2022. 国連総会決議には法的拘束力はなく、本決議は国連加盟国を法的に拘束するものではないが、安全保障理事会では認定が難しい侵略行為について非難決議を採択し、ロシアの行為が「違法」である点を確認したところに意義がある。

[3] 原文は以下の通り。“Deplores in the strongest terms the aggression by the Russian Federation against Ukraine in violation of Article 2 (4) of the Charter;” “Demands that the Russian Federation immediately cease its use of force against Ukraine and to refrain from any further unlawful threat or use of force against any Member State”. Ibid.

[4] Mohamed I. Shaker, The Nuclear Non-Proliferation Treaty: Origin and Implementation 1959-1979, Vol. I (Oceana Publications, 1980), pp. 129-269.

[5] この点については、以下を参照。河合公明「害敵方法規制からする核兵器使用の評価―その2―付随的損害」『レクナ ポリシーペーパー(核兵器問題の主な論点整理:国際人道法編)』第18号(長崎大学核兵器廃絶研究センター、2023年)36-37頁。

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