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2022年09月29日

第10回核不拡散条約再検討会議の「失敗」と課題

 第10回核不拡散条約(NPT)再検討会議は、実質事項を含む最終文書の採択が期待されていたが、実質事項のコンセンサス採択の「失敗」という結果で、2022年8月26日に閉幕した。NPTの再検討会議は「前文の目的の実現及びこの条約の規定の遵守を確保するようにこの条約の運用を検討するため」(条約8条3項)条約発効後5年ごとに開催され、締約国の具体的行動についての合意を示す実質事項のコンセンサス採択が重視されてきた。もっとも全ての会議で実質事項が採択されたわけではなく、前回(2015年)の会議でも実質事項につきコンセンサスは成立しなかったから、2015年の第9回と2022年の第10回、2回続けてNPT再検討会議は「失敗」したことになる。

最終文書案不採択をどうみるか

 8月22日にスラウビネン議長が提示し、その後の非公式交渉を経て2度修正された8月25日付最終文書案(NPT/CONF.2020/CRP.1/Rev.2)は、最終の第13回全体会合において不採択となったが、その後の各国代表の発言からは同案の受け入れが多数派であったことが伺える(NPT News in Review, Vol. 17, No. 10, p. 2.)。

 同案は、全体で187のパラグラフからなり、サブタイトルが示すように、1995年延長・再検討会議で採択された決定及び決議、2000年再検討会議の最終文書並びに2010年再検討会議で採択された結論と勧告を考慮して、条約の運用を検討(review)するものだった。全体の構成は、関係条文ごとに検討結果が示され(第7条に関連して中東地帯並びにDPRK(北朝鮮)を中心とした他の地域問題の項目が立てられている)、また、最終パラグラフにおいては、今後の行動に関する項目が列挙された(パラ187)。そのサブパラグラフは102項目に及ぶ(核軍縮(サブパラ3〜43)、核不拡散(同44〜69)、原子力の平和利用(同70〜95)及び他の条約規定(同96〜102))。

 同案はこのように極めて大部でありながら、核軍縮の進捗度からすれば、過去の合意を再確認する程度にとどまり、仮にコンセンサス採択されていたとしても、核使用リスクの低減にはつながったかもしれないが、核軍縮の停滞状況を打破するインパクトはない。

 もっとも、本稿の観点からすれば、核兵器禁止条約(TPNW)の存在が認められたこと(NPT/CONF.2020/CRP.1/Rev.2, para. 127.)、核兵器使用の壊滅的な人道上の帰結への憂慮(Ibid., para. 124.)だけでなく、核兵器の非人道性に関する国際会議を踏まえて人道上の帰結について詳細な認識が記されていたこと(Ibid., para. 126 and 187(7).)、国際人道法に加えて国連憲章を含む国際法の適用の必要が再確認されたこと(Ibid., para. 124 and 187(8).)、核軍縮の誠実交渉義務につき核兵器国に特別の責任があることが示されたこと(Ibid., para. 187(10).)などは、評価できよう。主要委員会1段階の原案(例えば、NPT/CONF.2020/MC.I/CRP.1/Rev.2, p. 8, para. 6.)で示されていた「核兵器の先行不使用ドクトリン」追求の呼びかけが削除されたことは、本文書がコンセンサス採択されることからすれば、やむを得ないだろうが、むしろ原案に挿入されるほどに一定の支持を得ていた証左でもある。

 この最終文書案のコンセンサス不成立の含意につき、何点か指摘しておきたい。

 まず、このコンセンサスの不成立の原因は、直接的にはロシアによる反対である(最終全体会合でのロシアの発言)。しかし、その背景には、5核兵器国間とくに米英仏とロシアとの協調が図られなかったことがある。これとは別に核兵器禁止条約の評価をめぐる締約国間の対立は存在したが、最終段階ではコンセンサス成立を妨げる要因とはならなかった。その意味では、核兵器禁止条約を支持することでNPTが損なわれるという言説は、この会議の結果には妥当しないように思われる。

 次に、この不採択となった最終文書案については、ロシアが反対した部分を除き、コンセンサスが成立しているかもしれないという点だ。米国や日本などは、ロシアのみが反対国であったことを強調する(8月28日付米国務省報道声明8月27日岸田首相会見8月30日林外相記者会見)。とすれば、ロシアが反対したパラグラフ(さしあたり以下参照、NPT News in Review, Vol. 17, No. 10, p. 1.)以外の点についは実質的にコンセンサスがあるという見方も可能となろう。もっとも、各国によるコンセンサス参加の用意があったとの意思表明は、ロシアを含む他国のコンセンサス参加が前提だという条件付のものだとの見方もあるだろうし、英仏中の事後の発言からすれば、他の部分についてもコンセンサスがあるとは言い切れない部分がある。例えば、英国は採択の場で多くの代表団が最終文書案に不満を持っていることを指摘しているし、フランスは大統領声明(8月29日付)で核兵器禁止条約への反対を明言した。中国外交部の報道官は、AUKUS(米英豪安全保障協力)問題につき懸念を持っていることに依然言及している(8月29日)。市民社会の側からすれば、核軍縮を前進させる手がかりとなる点については、今後の国連総会第1委員会やNPT会合において再確認を求めることが必要となろう。

 さらに、法的にみれば、条約解釈の際に考慮される「条約の解釈又は適用につき当事国の間で後にされた合意」(ウィーン条約法条約31条3項)は、その合意文書の法的形式を問わないから、今次会議でコンセンサスに近づいたと思われる諸国の議論そのものが、従来の合意と併せてNPTを解釈する際の参照資料となる。今次最終文書案起草過程では、1996年に国際司法裁判所の勧告的意見で判示された核軍縮誠実交渉・完結義務が言及された(NPT/CONF.2020/CRP.1, para. 131.)。最終的には同意見そのものの想起にとどまったが(NPT/CONF.2020/CRP.1/Rev.2, para. 131.)、NPTが核兵器国の核軍備の全廃ないしは核兵器のない世界の達成を目的としていることは、もはや締約国間での確立した合意となっている(2000年最終文書における核兵器廃絶の「明確な約束」は、2010年最終文書でも確認され、今次最終文書案でも随所で言及された(NPT/CONF.2020/CRP.1/Rev.2, paras. 107, 115, 187(1) and 187(16)))。

核軍縮・不拡散レジームへの含意・影響とTPNWの役割・課題

 再検討会議における2回連続での合意「失敗」は、NPTの信頼性を揺るがしているように見える。だが、ロシアを含めNPT の重要性については5核兵器国を含め多くの国が認めている(8月31日付ロシア外務省報道官記者会見)。もっとも、今次会議で次の行動への具体的目標が示されなかったことで、核軍縮・不拡散の動きは、当面は、それぞれの問題(新START後継条約交渉、包括的核実験禁止条約発効、核兵器用物質生産禁止条約交渉など)の関係国の取り組みに委ねられることになった。従来から、再検討会議の場は、このような個別問題の取り組みを後押しし、少なくとも2000年以降はNPTの目的たる核兵器のない世界という視点から見た核軍縮政策の具体的目標についての合意形成を促進する役割が期待されてきた。この役割が十分に機能していない現状からすれば、個別問題の処理は、関係各国の安全保障重視の観点から行われることとなる。

 次の第11回再検討会議は2026年に予定されており、明2023年から第1回準備委員会がウィーンで開催される。今次会議を次の会議へとシームレスにつなげる決定がなされた。第11回会議のサイクルにおいて、再検討会議の上記の役割が回復されるかが課題だろう。

 核兵器禁止条約はNPTを補完するとの核兵器禁止条約支持国の主張は、今次会議でも依然核兵器国やその同盟国には受け入れられなかった。条文上の禁止事項からみれば、TPNWでの禁止はNPTでの禁止の範囲を「補完する」と言えるほどカバーしている。だが、自国の安全保障を核抑止に依存する核兵器国やその同盟国と核兵器禁止条約支持国とは、安全保障観が異なる。前者は、ある場合には核兵器の合法的使用が可能であることを前提とし、自国の安全保障の確保を重視する。後者は「あらゆる核兵器の使用」を違法として禁止し、核兵器のない世界を「最上位の国際的な公益」(a global public good of the highest order)として位置付け、これは各国の安全保障と集団全体の安全保障との双方の利益となるとする(核兵器禁止条約前文5項)。

 しかし、確認すべきは、NPTの場において「核兵器のない世界」を目指す点では双方が合意できていることだ。むしろ議論の焦点は「『核兵器のない世界』という『理想』と『厳しい安全保障環境』という『現実』を結び付けるための現実的なロードマップ」(2022年8月1日のNPT再検討会議における岸田首相の一般討論演説)を第1歩から描くだけでなく、ゴールからも構想し、どのようにして実現するかを真摯に検討することにある。

山田寿則(明治大学)


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