「核不拡散条約50周年を記念する共同コミュニケ」とその解説
2020年4月25日から5月22日までニューヨークの国連本部で開催予定であった2020年NPT再検討会議は、新コロナウイルスの影響により延期が決定されました。本年はNPT発効50周年ということもあり、5月19日に17カ国が共同して「核不拡散条約50周年を記念する共同コミュニケ」を発表しました。その内容は、NPTの50年を回顧し、今後のNPTの方向性を示すものとなっています。
一方、2020年3月10日には、NPTの核兵器国であるアメリカ、イギリス、フランス、ロシア、中国は共同して「核不拡散条約50周年記念」と題する共同声明を発表しました。その内容は、核兵器国のNPTさらには核軍縮に対する考えを端的に示すものとなっています。
そこで、ここに共同コミュニケの仮訳を作成し、核兵器国の共同声明と比較しながらコメントしていきたいと思います。
まず、共同コミュニケは、マレーシアのリーダシップのもとアルジェリア、オーストリア、ブラジル、チリ、コスタリカ、エクアドル、エジプト、インドネシア、アイルランド、メキシコ、モロッコ、ニュージーランド、ナイジェリア、フィリピン、南アフリカ、タイにより作成されたものです。この17カ国はすべて、2017年7月7日の核兵器禁止条約の採択に賛成した国です。また、エジプトとモロッコを除く15カ国は核兵器禁止条約に署名しており、オーストリア、コスタリカ、エクアドル、メキシコ、ニュージーランド、南アフリアカ、タイの7カ国は、すでに批准を済ませています。なお、ニュージーランドは、この17カ国を「卓越した核軍縮支持者(prominent nuclear disarmament supporters)」と呼んでいます。次のNPT再検討会議では、この17カ国の動向に注目していく必要があると思います。
NPTの50年について共同コミュニケは、「NPTの歴史には課題がなかったわけではなく、今日再び困難な課題に直面している」として、NPTの過去そして現在に課題が存在していることを指摘します。現在の課題については具体的な言及は行っていませんが、アメリカのINFからの離脱、新STARTの失効、朝鮮民主主義人民共和国の核・ミサイル実験、イランの核開発疑惑などが含まれていると思われます。しかし、その一方で、NPTがこれまで果たしてきた役割や機能を、次のように高く評価しています。
「発効から50年が経過した現在も、NPTは国際の平和と安全に貢献する貴重な文書である。NPTは、地球規模の核軍縮及び核不拡散体制の礎石として、核兵器がもたらす人類の生存を脅かす脅威を取り除くために、核兵器の完全な撤廃に向けた地球規模の核軍縮の基礎を提供するとともに、核兵器がもたらす脅威及びその拡散を削減する国際的な努力の支えとなってきた。」
このように、これまでのNPTの役割や機能を高く評価する点は、核兵器国の共同声明も同様な立場に立っているといえます。
次に、今後のNPTについて共同コミュニケは、新たな提案を行うのではなく、NPTの条約義務とNPTの枠組みにおける合意を確認し、その履行を締約国に求めるという姿勢をとっていいます。まず、核兵器禁止条約の採択につながった「核兵器の非人道性」について、「2010年NPT再検討会議の最終文書に反映されているように、すべての締約国が核兵器のいかなる使用も壊滅的な人道上の結末をもたらすことに懸念を表明したことを想起する」として、核兵器国も「核兵器の非人道性」に合意したことを確認します。しかし、核兵器国の共同宣言は、このことに言及していません。
また、「2000年NPT再検討会議で核兵器国は、核軍縮に至る自国の核軍備の完全撤廃の達成を明確に約束し、この点に関する進展を加速させることを約束した」ことも確認しました。このように核兵器国が核兵器廃絶を「明確に約束」したことは、NPTに歴史において重要な合意であり、それをこの機会に確認することは、非常に意味のあることになります。
というのも、共同コミュニケに先立ち発表された核兵器国の共同声明は「我々は、すべての人にとって損なわれることのない安全保障を伴う核兵器のない世界という究極の目標を支持します」と述べており、核兵器廃絶がNPT再検討会議で合意された「明確な約束」から「究極の目標」に後退しているように思われるからです。
さらに、2020年はNPT発効50周年であると同時に、無期限延長25周年であることから、「条約の無期限延長は、いかなる意味においても核兵器の無期限の保持を正当化するものとして解釈され得ないことも強調されるべきである」とも指摘しました。
共同コミュニケが条約義務の履行を超える提案を行っているのは、「NPTの50年は、この条約の普遍化の重要性を想起させる。NPTに加盟していないすべての国は、これ以上の遅延又は条件を付けることなしに、非核兵器国として条約に加盟すべきである」と述べる部分です。NPTの枠外には、核兵器を保有しているインド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮があり、これらの国にはNPTの条約義務は及ばないからです。
最後に、共同コミュニケは、次のように締めくくられています。
「今こそ締約国は、言葉を明確かつ合意された基準及び期限に裏付けられた具体的な行動に移す時である。こうした努力によってのみ、私たちがいま記念するNPTの過去50年の重要な成果を改善し、NPTの次の50年の成功を展望することができるのである。」
このように共同コミュニケは、NPTの条約義務とNPTの枠組における合意の履行を迫る内容となっています。国際法の重要な基本原則に、pacta sunt servanda(合意は拘束する)というものがあります。NPTの50年の軍縮努力の結晶である数々の合意の履行を迫ることは、核兵器国に対して説得力があり、核兵器廃絶という目標の達成に非常に効果的な方法であると思われます。
(明治大学 小倉康久)
核不拡散条約50周年を記念する共同コミュニケ(仮訳)
アルジェリア、オーストリア、ブラジル、チリ、コスタリカ、エクアドル、エジプト、インドネシア、アイルランド、マレーシア、メキシコ、モロッコ、ニュージーランド、ナイジェリア、フィリピン、南アフリカ及びタイは、核兵器不拡散条約(NPT)発効50周年を祝するものである。緊張と不信が高まった時代にNPTが開始された事実は、今日のように国際安全保障状況が厳しい環境において、国際協力の価値と多国間外交の成功を示すものである。
発効から50年が経過した現在も、NPTは国際の平和と安全に貢献する貴重な文書である。 それは、地球規模の核軍縮と核不拡散体制の礎石として、核兵器による脅威とその拡散を削減する国際的な努力を支えるとともに、人類から核兵器がもたらす実存的脅威を取り除くべく、核兵器の完全な撤廃に向けた地球規模の核軍縮の基礎を提供してきた。
核兵器による人類への継続的な脅威に対する深い懸念とその壊滅的な人道上の影響の可能性もまた、重要で具体的な前進の緊急の必要性を強調している。これに関して、私たちは、2010年のNPT再検討会議の最終文書に反映されているように、核兵器のいかなる使用からも生じる壊滅的な人道上の結末についてすべての締約国が表明した懸念を想起する。
NPTは、核不拡散が締約国の核エネルギーの平和的利用への権利とアクセスを妨げないようにしつつ、核エネルギーの平和的利用の多様化を促進する上で極めて重要な役割を果たしてきた。この点で、国際原子力機関(IAEA)は、NPTの履行に向け、効果的な役割を成功裏に果たしてきた。
NPTの50周年は、NPTの普遍化の重要性を思い起こさせる。条約に参加していないすべての国は、さらなる遅延や条件なしに、非核兵器国として条約に参加すべきである。これは、等しくそして相互に補強し合う条約の3つの柱を完全に実施する私たちの集団的な努力を倍加する機会であり、この3つの柱の完全な実施は、条約の目的を実現するために不可欠である。過去の検討会議において締約国は、条約の義務を履行するために特別の約束を行った。 今日に至るまでNPTで達成された成果は、この目的に向けた協調的で国際的な努力の集大成である。
NPT履行の成功は締約国の手にかかっている。非核兵器国は、核兵器国による核軍備の廃棄と引き換えに核兵器を開発しないことを約束した。核軍縮の前進は、核不拡散および核エネルギーの平和的利用よりも遅れている。 NPTの枠組みの中で義務と約束を果たすためには、具体的で透明性があり、検証可能で不可逆的な核軍縮措置を実施することが緊要である。 私たちは、NPTの信頼性、実行可能性及び有効性を擁護し、維持しなければならず、そしてNPTを保護する唯一の方法はNPTを履行することである。
過去50年間で核軍縮に関するいくつかの前進が達成されたが、それは十分からはほど遠く、核軍縮の義務はまだ果たされていない。現在進められている近代化とアップグレードの計画は、これまで達成された前進を逆転させる危険にさらしている。同時に、多国間核軍縮及び軍備管理制度の侵食が深刻に懸念されており、既存の合意は終了しつつあり、他の合意は危険にさらされている。現今の地球規模の安全保障環境と課題は、緊急の前進を必要としている。
2000年のNPT再検討会議で核兵器国は、核軍縮につながる自国核軍備の完全廃棄を達成することを明確に約束し、この点での前進を加速させることを約束した。その後2010年の行動計画は、NPTの第6条の履行を進めるべく、13の実際的なステップを含む1995年と2000年の決定を再確認した。核兵器国は、自らの特別な責任を念頭に、核軍縮に至るステップの前進を加速させることを約束した。私たちは核兵器国に対し、NPTにおける義務の履行を加速させるために、それらの既存の約束を履行し、その上にさらなる構築をすることを要請する。
NPT発効50周年は、その無期限延長25周年と一致している。 NPTの無期限延長は、条約の再検討プロセスを強化する決定、核軍縮と核不拡散の原則と目的を特定する決定、核兵器及び他の大量破壊兵器のない中東地帯の確立に関する決議を含む、決定のパッケージの一部であることを思い起こすことが重要である。中東決議を含むこれらの決定はNPTの無期限の延長と不可分であり、すべての締約国が尊重する必要がある。
条約の無期限延長は、いかなる意味においても核兵器の無期限の保持を正当化するものとして解釈され得ないことも強調されるべきである。
世界のすべての地域における非核兵器地帯(NWFZ)の設立は、核兵器の完全廃棄に至る間、地球規模の軍縮と核不拡散を強化しNPTの目的の実現に向けた前向きなステップであり、重要な暫定措置である。
この重要な機会に私たちは、これまでのNPT再検討会議で合意された約束を厳粛に再確認する。次の再検討会議ではその上にさらなる構築がなされるべきである。私たちは他の締約国にも同様のことを求める。NPTの歴史には課題がなかったわけではなく、今日それは再び困難な課題に直面している。しかし、これらのさまざまな障害に対する認識が、私たちの歩みを妨げる理由となるべきではない。そうではなく、NPTの文脈において、礼節と外交による、より開かれた包摂的で透明性のある多国間対話を通じて、それらを克服するために協力する決意を強化する必要がある。国際の平和と安全は、核兵器のない世界というNPTの目標に向けた協力と具体的な前進を通じてのみ達成される。
来たるNPT再検討会議はCOVID-19の世界的大流行による不運な状況により延期されたが、この会議は、締約国が条約の現状及びNPTの3つの柱の履行並びにその枠組みにおける過去の義務と約束について包括的な再検討と評価を行うための好機を提供する。再検討会議には、将来行われるべきさらなる具体的な前進のための追加の領域と手段を特定する責任がある。私たちは、この点に関して他の締約国と協力することに期待を寄せている。軍縮の約束が履行されるなら、そのことにより、持続可能な開発に、そしてまさに公衆衛生や地球的緊急諸事態に対処するための国際協力と準備とに割り当てられるリソースが増えることは疑いない。
締約国が、言葉を明確で合意された基準と時間軸に裏付けられた具体的な行動に移す時は今である。私たちが現在記念する過去50年の重要な成果を改善するこうした努力によってのみ、私たちはNPTの次の50年の成功に向かうことができる。
(仮訳:核兵器廃絶日本NGO連絡会(事務局) 河合公明)