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2015年08月03日

[寄稿] プルトニウムと核拡散リスク (鈴木達治郎)

「原子炉級プルトニウムで核兵器を作ることができるのか」という議論に関連して、前・内閣府原子力委員会委員長代理で現・長崎大学核兵器廃絶研究センター長の鈴木達治郎さんが、このNGO連絡会のウェブサイトに向けに以下の通り寄稿をしてくれましたので、掲載します。
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プルトニウムと核拡散リスク
-原子炉級プルトニウムを巡る議論-

鈴木達治郎*

ウランを燃料とする原子炉では、その使用済燃料に必ずプルトニウムが含まれ、それを再処理・回収して高速増殖炉(または軽水炉)で利用する「核燃料サイクル」の主要燃料としても利用することができる。一方、プルトニウムは長崎に落とされた原爆で利用されて以来、核兵器の主要な材料としても使われてきており、核兵器に直接利用可能な核物質として、高濃縮ウラン(ウラン235が20%以上のウラン)と同様、厳しい国産規制下に置かれている。

しかし、通常核兵器に使われるプルトニウムは、核分裂性プルトニウム同位体Pu239の比率が約90%程度以上の純度の高いものであり、これを「兵器級プルトニウム」と呼び、通常の原子力発電所からの使用済燃料から回収されるプルトニウムはPu239の比率が約50~60%程度の純度が低いものであるので「原子炉級プルトニウム」と呼び、区別することがある。この原子炉級プルトニウムは「核兵器利用に適さない(すぐには利用できない)」と主張する意見がある。さらに、このプルトニウムを混合酸化物(MOX)に加工した物質や燃料も同様に「核兵器利用に適さない」とか「核拡散抵抗性が高い」という主張をする意見もある。

これらの主張が正しければ、厳しい国際規制下に置かれる必要はないはずだが、実際にはそうなっていないし、上記の主張をする人たちも「規制を変えるべき」とする意見はほとんどない。その矛盾について、簡単に整理してみた。


この問題は1974年、インドの核実験でプルトニウムが利用されて以来、その技術的可能性、そして規制の在り方、ひいては核燃料サイクルの核拡散リスクの評価について、論争が続いてきた。確かに、原子炉級プルトニウムはその発熱量や早期爆発の可能性等から、核兵器製造がより困難であることは理論上も認められている。具体的には、設計通りの爆発能力を保証するためには一桁上の速度で爆縮させる必要性がある。しかし、たとえ爆発能力が落ちた場合でも、初期の原爆(広島・長崎型)に近い爆発力(1~数キロトン)以上の威力を発揮することができるため、核爆発装置としての脅威は十分に大きい。

これらの科学的知見については、学術的論文が多く公表されており、それらに加え、過去の核兵器関連公開文書に基づき、米国政府の公式文書にも明確にその事実が記されている。筆者も東京大学客員助教授時代に、同鈴木篤之教授(元原子力安全委員長)、Jungmin Kang博士(当時東大助手)と共著で、原子炉級プルトニウムの爆発力について科学的検証を行った論文を執筆しており、自らもその理論的裏付けを行った。

したがって、国際原子力機関(IAEA)では、原子炉級プルトニウムを区別して規制をするわけではない。まず保障措置上の「有意量8kg」(核爆発装置に必要なプルトニウム重量)は、原子炉級プルトニウムを含むすべてのプルトニウム(ただし、Pu238が80%未満のもの)に当てはめて決められている。また、保障措置の重要な指標である「軍事転用への転換時間」による分類でも、原子炉級と兵器級の区別はない。むしろ、核兵器に利用するには酸化物から金属プルトニウムに転換する必要があるため、金属プルトニウムでは「日のオーダー(7~10日)」であるのに対し、酸化物は「週のオーダー(1~3週間)」と少し長い時間を想定している。上記のプルトニウムはすべて、再処理後の「分離プルトニウム」をさしており、使用済燃料の中に閉じ込められているプルトニウムは、人間がアクセスするには放射線レベルが高すぎ、再処理して分離しない限り兵器への転用はできない。したがって、転換時間も「月のオーダー」となっている。

また、使用済燃料を放射性廃棄物として地層処分した場合、地下深くに「プルトニウム鉱山」ができるので危険である、という主張もある。プルトニウムが存在する以上、確かに保障措置をかける必要性があり、長期にわたる保障措置の実施に課題があることは事実である。ただ、その保障措置の難しさや軍事転用のリスク(上記の転換時間が目安になる)は、再処理・リサイクルした場合のほうが高いことが明らかである。プルトニウムがある限り、転用のリスクはゼロにはならないが、核拡散リスクの差は再処理して分離するか否かの差が決定的に大きく、分離プルトニウムの中での「原子炉級」「兵器級」のリスクの差は圧倒的に少ない。

以上の理由から、原子炉級プルトニウムであっても、分離プルトニウムは国際規制上最も厳しい管理を必要とするのであり、万が一盗難や紛失が起これば、日本政府も厳重な対応を迫られる。この点で国際社会の合意は明らかであり、だからこそ、日本政府も「余剰プルトニウムは持たない」との政策を明示しており、核セキュリティサミットで「核兵器に転用可能な核物質の在庫量をグローバルに最小化させていく」ことに合意しているのである。

筆者は、原子力委員会委員長代理を務めていた際、この問題を明確にする必要を感じ、原子力発電・核燃料サイクル技術等検討小委員会にて、議論の結果、「純度の低いプルトニウムでも軍事転用が可能」という記述が評価の「まとめ」に含まれた。これがこの問題では、政府文書として最も明確に記されたものと思われる。

今後も、この原子炉級プルトニウムの核拡散リスクを過小評価し、それを根拠に核燃料サイクルの正当性を主張すればするほど、日本の原子力政策、核不拡散政策への信頼感は失われ、ひいては日本の「非核政策」についての疑念もかえって高まるだろう。さらに、他国の核燃料サイクルのリスクを過小評価したり、その推進を助長することにもなりかねない。政府をはじめ、専門家は「原子炉級プルトニウムの核拡散リスク」を正当に評価し、きちんと国民や国際社会に説明する義務がある。曖昧な対応をとることは、核拡散リスクを高め、政策への信頼性を失うことを認識すべきである。

(2015/08/03)
――
参考資料
本件に関する重要な資料・文献の多くはウエブサイト「核情報」(「原子炉級プルトニウムで核兵器ができる」)に掲載されている。
http://kakujoho.net/ndata/pu_wrld.html#d6

*鈴木達治郎氏は、長崎大学核兵器廃絶研究センター、センター長・教授。前内閣府原子力委員会委員長代理。

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