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2017年04月04日

ニューヨーク報告③見えてきた条約の姿――交渉会議閉幕時(7/7)に成案採択へ

市民社会として発言する豪州の核実験被害者スー・コールマン・ヘイゼルダインさん(左)と広島の被爆者サーロー節子さん

核兵器禁止条約交渉会議の3月会期は3月31日午後(日本時間4月1日未明)、熱気に満ちた5日間の日程を終えました。
2日目(3/28)の午後から最終日にかけ、条約の「目的・前文」(トピック1)、「禁止事項」(トピック2)、「制度上の取り決め・その他」(トピック3)と項目を分けて、政府代表と市民社会から具体的な提案や意見表明がなされました。トピック2について予定より早く発言が終わったことから、4日目(3/30)には急きょ、トピック1と2について非政府の専門家パネリストを交えた自由討議が行われました。参加者が予め用意した演説を順番に行う通常のスタイルと異なり、その場で生の意見交換がされるのは、国連の公式の会議としては珍しいと聞きました。
参加者、特に政府代表の発言は、どのような内容を条約に盛り込むかに関するきわめて具体的なものが多くありました。禁止条約について、より自由な観点から幅広い意見交換がされていた昨年のジュネーブでの国連作業部会や、国連総会第1委員会の時に比べると、議論の性質が明らかに異なっており、「いよいよ条約の実際の姿が見えてきた」という印象を強く持ちました。
議論の具体的内容については、例えば長崎大学核兵器廃絶研究センター(RECNA)の中村桂子准教授によるブログに詳報されています。ここでは全体を振り返っての感想をいくつか、拙いながら思いつくままに書いてみます。なお、以下はあくまで筆者個人の感想であり所属団体の見解を示すものではありません。

■成立を急ぐ理由
エレイン・ホワイト議長は3月会期の最終日、次回会期開始前の5月後半から6月1日までに条約素案を提示し、交渉会議が閉幕する7月7日に条約を採択することを表明しました。
2月16日の準備会合では、「(国連総会に提出する)報告書の採択」という議事に注が加えられ、このときに条約成案の採択も可能になりました。この時点では少なくも表向きは、7月7日の採択は可能性として排除はされないという程度に過ぎなかったことが窺えます。
3月会期2日目の時点でも、「拙速を指導原理とすべきではない。自分たちが何をしようとしているのかしっかり分析すべき」(スイス)、「2018年の国連核軍縮ハイレベル会合をめどに条約締結をめざすべき」(スウェーデン)と、少し腰を落ち着けて条約交渉に取り組むことを求める意見も出ていました。
それが結局、最終日までの間に、7月7日採択で参加国の大多数がまとまりました。その理由としては、会議で思った以上に具体的な議論が進展し、条約の形がはっきり見えてきたということもあるでしょう。ただ、元々、主導国としては可能な限り7月7日までに条約を作るつもりだったとも聞きます。その背景には、米トランプ政権の政権運営が本格化し国連への締め付けが強まることへの危機意識もあるようです。筆者は、それに加えて次のようなこともあるのではないかと思うようになりました。
会議期間中にさる国際NGO関係者が言っていたのですが、この人が今回、交渉会議に来ている複数のアフリカ諸国の政府代表から聞いたところでは、彼らは核保有国の一部から日々、電話やEメールで交渉に参加しないよう、脅迫まがいどころか脅迫そのものの、すさまじい圧力を受けているそうです。そうした行為は経済援助などにからめた形でも行われているとのことです。
あくまで憶測ですが、早期締結が目指される背景には、こうした事情もあるのだろうと思いました。つまり、交渉が長引くほどそうした国々が圧力に耐えかねて「戦線離脱」してしまう可能性が高まると考えられますが、そうならないうちに一気に条約を作ってしまおうということではないでしょうか。交渉会議開催を決定した国連総会決議71/258の賛成国113というのは、国連加盟193か国の6割に満たず、「圧倒的多数」とまでは言いにくい数字です。第1委員会採択時の賛成国123も、加盟国の3分の2には達しません。さらに、会議初日の議場外での抗議行動のような、核兵器国であり主要な援助拠出国でもある米英仏を中心とする猛反対があります。そのような中、条約成立時にできるだけ多くの署名国を確保して、条約を少しでも盤石なものにしたいという思いがあるのではと推測されます。
そう考えたとき、初日(3/27)のハイレベル・セグメントで聞いた、オーストリア政府代表の演説の最後の部分が、ある種の生々しい切迫感と共に改めて思い起こされました。

「親愛なる友人の皆さん。どうか、核兵器の法的禁止という、この1つの、狭い、明確な目的のもとに、共にいてください。
私たちは、統制が取れ、国内的課題よりも共通の目的を優先させたときにのみ、成功するでしょう。すべてはあとからついてきます。成功すれば、ついて来ないはずがありません。
今ここで、私たちは、核兵器の法的禁止という、この1つの目標に集中しなければなりません。そうしないと、もしも誘惑に負けてしまうと、それぞれの国内の優先事項に巻き込まれてしまうと――、きっと失敗してしまうでしょう。それ自体は世界の終わりではないかもしれない。しかし、こと核兵器がからむと、まさしくそうかもしれないのです。」 (原文はこちら

上の言葉を単なる一般論ではなく、経済援助などにもからめた猛烈な核保有国からの切り崩し工作に屈することなく交渉会議に出てきている諸国への連帯と激励のメッセージとして読むと、非常に腑に落ちるものを感じた次第です。(あくまで私見です。)

■意見の相違をどう乗り越えるか
上に引用した演説の中で、オーストリア政府代表は「統制が取れ(disciplined)」という言葉を使っています。これも憶測になりますが、短時間で条約締結まで持っていくため、交渉会議開始前に水面下で相当の話し合いが行われ、もともと幅のある考えを持っていた国々が、会議開始時点である程度「小異を捨てて大同についた」状態だったのではないかと今にして思います。
そうは言っても、会議で出た具体的意見は、例えば、核兵器の完全廃棄という目標にどこまで触れるか、検証メカニズムを定めるか、議定書を付属させるか等々をめぐってバラエティがありました。今後、交渉が進んでいくとそうした意見の違いが際立つ局面が訪れる可能性もあるように思われ、その時に違いをどう乗り越えて条約成案にまとめるかが問われる気がします。
会議の手続き規則は「全会一致へ最大限努力する」ものの、「手段を尽くしても全会一致できない場合」は投票で決するとしています。個人的には、最終手段として多数決を確保しておくのもやむを得ないかもしれないと思いつつ、各国政府は何とか全会一致を目指して粘り強く話し合いを続けてほしいと思っています。多数決で押し切られた側に不満が残ると、条約の普遍化に負の影響が及ばないか懸念するからです。

■核依存国をどう巻き込んでいくか
核依存国の態度に変化を促すことが、核軍縮の停滞を打破するカギだという気がします。今回、せっかくNATO加盟国オランダが参加しているので、核依存国を巻き込むこの千載一遇のチャンスをぜひ生かせたらよいと思います。
オランダは発言の中で、「核同盟NATOの一員であることと禁止条約参加が両立できるようにしたい」という趣旨のことを述べました。確かに、核依存政策を全くやめる意思がない状態で直ちに禁止条約に参加することは一見ありえないように思えます。「両立は無理だ」という反応は理解できます。
しかし、だからといって、対話の余地が全くないとして入口で排除するのはどうなのでしょうか。他の核依存国が参加すらしないなか、せっかく交渉の場に出てきているので、せめて対話の努力をしなければあまりにもったいないと思います。相手に迎合したり折れたりする必要はありません。最終的に折り合わなかったらその時はその時です。
オランダは「議論しましょう」と発言を締めくくりました。依存国が核兵器依存から脱するプロセスと禁止条約に参加するプロセスをどう関連させるか等、本NGO連絡会の発言でもその必要性に言及した「核兵器国や核依存国が今後この条約に参加していけるようなメカニズム」について、いろいろとオランダを交えて議論できたらよいと思います。

会議での発言の後、休憩時間に日本のマスメディアから取材を受けるサーロー節子さん(2017年3月28日)

■条約実現に参画する日本の市民社会
今回、日本政府こそ初日の高見沢大使演説以外では姿を見せませんでしたが、日本の市民社会は存在感を放っていました。
藤森俊希・被団協事務局次長の初日の演説、サーロー節子さんによる被爆体験をもとにした訴えがありました。このほかに、核兵器廃絶日本NGO連絡会のものを含め、日本の団体あるいは日本からの参加者により計7件の発言がありました。発言者以外にも、長崎の若者たちを含め20人あまりが日本から参加しました。日本のメディアも大勢が取材に訪れ、会場に姿を見せていました。
核兵器の法的禁止を求めるここ数年来の動きにはICANなどのNGOが大きな役割を果たしており、関連の国連決議でも繰り返し「市民社会の参加と貢献」に言及されています。また、今回の会議でも政府代表が口々に「この間の市民社会の大きな貢献に感謝する」旨、発言しています。
日本政府が禁止条約に消極的な中、被爆者の方々をはじめ日本の市民社会が、核兵器禁止条約の実現に向けて重要な主体(アクター)としての役割を果たしてきたことは確かでしょう。今回の日本政府代表の不在と、対照的に多数の日本のNGOやメディア関係者の存在を前に、改めてそれを実感しました。
報道によると「ヒバクシャ」という日本語由来の文言が条約の中に入る方向が明確になったそうですが、これは日本の市民社会の貢献の貴重な成果だと思います。そして、「ヒバクシャ」の文言の存在が、国際社会でこの言葉を使って「被爆国の使命」を語ってきた日本政府の交渉参加、条約参加を促すことを願ってやみません。それには世論がもっと大きく盛り上がり、政府の変化を後押しすることが望まれます。メディアや運動関係者の役割が問われます。
引き続き、日本政府に対してあきらめずに交渉参加を働きかけ、同時に核兵器依存からの脱却に向けた方向転換を粘り強く促していきたいものだと思います。
(文責:荒井 摂子(ピースデポ))

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