ウィーン・レポート③:ICAN市民社会フォーラム「南オーストラリア・広島・長崎からのライブ中継」より
19日、オーストリアのウィーン旧市街にある会議施設Aula der Wissenschaftenを会場に、ICAN市民社会フォーラム(2日目)が開催されました。
概要
市民社会フォーラム(2日目)では、全4ステージ、合計24のイベントが開催されました。そのうち、日本からの参加者が登壇したものは、以下の通りです。
・世界の核被害者(From the World Nuclear Survivors forum)
12:30 @Main stage
登壇者:ローバートソン石井りこ(ピースボート)
・ヒバクシャと会ってみよう(Meet the Hibakusha)
13:10 @Colloquy Hall
登壇者:川副忠子(長崎県平和運動センター被爆者連絡協議会)
ファシリテーター:徳田悠希(KNOW NUKES TOKYO)
・南オーストラリア・広島・長崎からのライブ中継(Live from South Australia, Hiroshima and Nagasaki)
10:00 @Japan Hub
登壇者:カリーナ・レスター(Karina Lester、南オーストラリア州の先住民)、スー・コールマン・ハセルディン(Authy Sue Coleman-Haseldine、南オーストラリア州の先住民)、ミア・ハセルディン(Mia Haseldine、南オーストラリアの州先住民) 、川下弘江(広島・きのこ会)、長岡義男(広島・きのこ会会長)、岩永千代子(長崎の原爆体験者)、濱田武男(長崎の被爆者)など
ファシリテーター:ジェミラ・ラシュトン、浅野英男(核兵器廃絶日本NGO連絡会)
「南オーストラリア・広島・長崎からのライブ中継」レポート
10:00からは、ピースボートと武力紛争予防のための国際パートナーシップ(GPACC)の共催により「南オーストラリア・広島・長崎からのライブ中継」が開催されました。以下、概要をレポートします。
100分間にわたるイベントでは、ウィーンとオーストラリア、広島、長崎をライブ中継で繋ぎ、それぞれの場所で核兵器の被害を受けた人々が、ウィーンに声を届けました。
冒頭、司会のジェミラ・ラシュトンさんが、オーストラリア政府が核兵器禁止条約(TPNW)締約国会議にオブザーバー参加することを決定し、心よりうれしく思うと述べました。南オーストラリアのポート・オーガスタからオンライン登壇したのは、南オーストラリア州ポート・オーガスタから、ヤンクニジャジャラ・アナング族(Yankunytjatjara-Anangu)のカリーナ・レスターさん、コカタ族(Kokatha)のスー・コールマン‐ハセルディンさん、スーさんの孫娘であるミア・ハセルディンさんの三人。広島からは、原爆小頭症・家族の会(きのこ会)からのビデオメッセージが届けられた後、広島原爆ドーム前からの中継で渡部朋子さん(ANT‐Hiroshima)進行で、長岡義男さん(きのこ会)、川下弘江さん(きのこ会)、田中稔子(被爆者)さんが登壇。長崎からは、畠山澄子さん(ピースボート)の進行で被爆体験者の岩永千代子さん、被爆者の濱田武男さんが登壇しました。
【オーストラリアからのライブ中継】
カリーナさんが進行を務めたライブ中継では、核実験被害者であるスーさん、ミアさんが、ウィーンにメッセージを寄せました。
・核実験によって多くの人が傷つき、死んでいった。この苦しく辛い思いをオーストラリア政府に理解してもらいたい。
・被害を受けた多くの人は、その被害や経験について共有している。それを次の世代へ語り継ぎ、教育の中で、核実験はどのような結果をもたらすのかを伝えていかなければならない。
・放射線による環境と人体への影響は、実験が行われた時だけのものではなく、何世代にもわたって人々を苦しめる。
・核実験の被害者は、これまで注目されてこなかった。特に私たち民族は無視されてきた。これからは、私たちの経験や情報を私たちの言語を使って広めていくことが必要だ。
・TPNWの被害者支援、環境修復に関する6条と7条は、私たちにとってとても重要な意味を持っている。ポート・オーガスタからの重要なメッセージは、核実験が行われた当時何が起こったのか、核兵器の被害は甚大であり、その時だけのものではないことを世界の人々に理解してもらうことだ。
・オーストラリア政府は、TPNWを批准してほしい。
【広島からのライブ中継およびビデオメッセージ】
渡部さんが進行を務めたライブ中継では、きのこ会の皆さんがウィーンにメッセージを寄せました。
・原爆小頭症は、妊娠初期の母親の胎内で原爆による強力な放射線を浴びたことによる原爆後障害のひとつである。
・頭囲が小さいことが特徴で、知的障害や身体に障害を持っている。多くが被爆の翌年に生まれてきたことで、被爆二世と誤解されることが少なくないが、母親の胎内で直接被爆した「最も若い被爆者」である。
・おなかの子どもに影響を与えてしまうのが放射線の影響であり、これは罪だと思う。
・戦争も核兵器もない世界を私たちは心から望んでいる。
・原爆の影響は幅広い。広く知られていない被爆の被害がある。その被害と闘いは今も続いている。
・核兵器と人類は共存できないことを、平和な世界を心から求めていることを、今あらためて被爆地から訴える。
【長崎からのライブ中継】
畠山さんが進行を務めたライブ中継では、原爆体験者の岩永さんと被爆者の濱田さんから、そして2017年にTPNWの採択を見届けて逝去された被爆者の谷口稜曄さんはビデオを通じて、ウィーンにメッセージを寄せました。
・長崎では13万人を死傷させた核兵器。たくさんの人が亡くなり、傷つき、苦しんできた。77年経った今でも、被爆者は、被爆二世三世を含めて多くの人が苦しんでいる。
・長崎には、被爆地点が行政区画に阻まれ原爆被爆者と認定されていない原爆体験者がいる。被害による苦しみと悲しみは、被爆者と変わらないのにもかかわらず、行政の壁で私たちは被爆者ではない。
・TPNWは私たちの切望だった。核保有国がこの条約に参加していない。しかし、世界の平和と核兵器廃絶をめざす私たちは、ここで戦いをやめるわけにはいかない。
・ロシアのウクライナ侵攻で、核兵器の脅威や恐怖が高まっているが、長崎を最後の被爆地にするために、“No More Nagasaki, No More War, No More Hibakusha” を訴え続けていきたい。
イベントでファシリテーターを務めた浅野英男さん(核兵器廃絶日本NGO連絡会)は、「海外ではあまり知られていない原爆小頭症の被害や被爆体験者の存在が伝わってよかった。日本からの中継を視聴した海外の参加者が後世にまで影響を与える核兵器の酷さや政治によって被爆者の中に境界線が引かれることへの不公平さを感想として語っていたのが印象的だった。改めて、核兵器の非人道性を何度でも世界に発信していくことが重要だと思った」と語りました。
当イベントの開催にあたっては「核なき世界基金」による支援を賜りました。心より御礼申し上げます。
文責:遠藤あかり(核兵器廃絶日本NGO連絡会/立命館大学修士課程)