ウィーン・レポート⑥:第1回締約国会議 最終日 (最終文書速報版暫定日本語仮訳【更新版】公開)
はじめに
核兵器禁止条約(TPNW)第1回締約国会合(1MSP)の最終日となる23日、オーストリアセンター・ウィーンを会場に、午前10時過ぎから第5回全体会合が行われました。まずアレクサンダー・クメント(Alexander Kmentt)議長から、会議最終文書案(会議室文書CRP.7)が提案され、続いて、①条約の効果的な実施のための科学的・技術的助言の制度化(会議室文書CRP.6)、②条約の実施のための会期間の仕組み(会議室文書CRP.6)、③既存の核軍縮・不拡散体制と条約の補完性(作業文書WP.3)について、討論が行われました(議題11(g))。
午後3時45分から行われた第6回全体会合では、第2回締約国会合の時期と場所、議長の検討(議題13)ののち、最終文書の採択へと進みました(議題15)。3日間にわたった第1回締約国会合には、49の締約国、34のオブザーバー参加国、国際機関、85の関連する非政府組織の代表者が参加し、23日の午後5時前に閉幕しました。
本稿では、①から③の3つの項目についての討論や決定の内容(会議室文書CRP.6)、採択された最終文書である「ウィーン行動計画」(会議室文書CR.7)および「ウィーン宣言」(会議室文書CR.8)の内容、次回の締約国会合に関する情報を紹介し、若干の考察と今後の課題について述べたいと思います。
条約の効果的な実施のための科学的・技術的助言の制度化
①「科学諮問グループ」の設立
第5回全体会合では、1MSPにおける決定事項に関する会議室文書CRP. 6で提案されている、「科学諮問グループ」(Scientific Advisory Group: SAG)について意見が交わされ、SAGの設立が決定されました(会議室文書CRP.6パラ1)。討論では、TPNWの実施における科学的知見の重要性、政策立案者に対する教育等の観点から、SAGの重要性が指摘されました。同グループの委員候補者の選定における締約国への情報提供、地域やジェンダー等のバランスが重要との指摘がなされました。グループの構成人数については、10人から15人のメンバーによるものとされました。候補者の推薦については、1MSPの終了から90日以内に行うことになっています。
② 条約の実施のための会期間の仕組み
条約の実施のための会期間の仕組みについては、条約の初期の実施に焦点を当て、人的・財政的制約も踏まえた議論が行われました。1MSPから次の第2回締約国会合(2MSP)の間の準備プロセスをどのようにするかについては、準備のための「調整委員会」(Coordination Committee)が設立されることが決定されました(会議室文書CRP.6パラ2 (a) )。「調整委員会」は1MSPと2MSPの議長が共同で議長を務めることになります(会議室文書CRP.6パラ2 (b) )。開催地については、2023年11月27日から12月1日にニューヨークの国連本部で、メキシコを議長国として開催されることが決定しました。
条約の普遍化に関する非公式作業部会の設置が決定され、南アフリカとマレーシアが共同議長を務めることになりました(会議室文書CRP.6パラ2(e)i)。被害者支援、環境修復、国際協力・支援に関する非公式作業部会の設置も決定され、カザフスタンとキリバスが共同議長を務めることになりました(会議室文書CRP.6パラ2(e)ii )。さらに、第4条の実施、特に将来の管轄国際機関の指定に関連する作業に関する非公式作業部会の設置も決定されました。メキシコとニュージーランドが共同議長を務めることになります(会議室文書CRP.6パラ2(e)iii)。また、条約のジェンダー規定の実施を支援するために会期間に活動し、第2回締約国会議に進捗状況を報告する担当(Gender Focal Point)として、チリが指名されました(会議室文書CRP.6パラ2(l) )。
③ 補完性(complementarity)
アイルランドとタイが中心となってまとめられた作業文書WP.3の内容について、アイルランドから説明がありました。討論では締約国から、TPNWと核不拡散条約(NPT)をはじめとする既存の軍縮・不拡散レジームとの補完性を明らかにする作業文書WP.3に対する支持が繰り返し表明されました。カザフスタンは、「安全保障の諸条件が核軍縮に有利になることは決してないだろう。逆に、核軍縮は安全保障を向上させる。したがって、NPTは強化されるべきであり、TPNWはそのための存在である」(Security conditions will never be favorable to nuclear disarmament. On the contrary, nuclear disarmament will improve security conditions. Thus, NPT should be reinforced and TPNW is here for that.)と述べました。作業文書をとりまとめたアイルランドとタイを、補完性に関する共同進行役(co-facilitators)とすることが決定されました。クメント議長は、議論の内容はTPNWとNPTが相互補完性を有することに関する「明確なメッセージ」(clear message)であると述べ、討論を総括しました。
最終文書
第1回締約国会議は、最終報告書(TPNW/MSP/2022/L.2)、行動計画(TPNW/MSP/2022/CRP.7)、宣言(TPNW/MSP/2022/CRP.8)という3つの成果文書を採択しました。これらの文書は討論を踏まえた修正が施され、最終化されます。
行動計画は、1MSP以降、TPNWとその目的と目標を効果的かつ時宜を得て実施することを促進するための50の行動を示しています。この計画は、具体的な手順と行動を定め、役割と責任について述べています。これらの行動は、締約国やその他の関係者が条約の実質的な実施にあたって指針となるよう設計され、締約国がその義務を果たし、締約国やその他の関係者間の協力精神のもとに条約の目的と目標を推進することを支援する、としています(TPNW/MSP/2022/CRP.7パラ2)。
宣言は、法的拘束力のある核兵器禁止の確立は、核兵器のない世界の達成および維持に必要な不可逆的で検証可能かつ透明な核兵器の廃絶に向けた基本的なステップであり、国連憲章の目的および原則の実現に向けたものである、というTPNWの目的を確認しています(TPNW/MSP/2022/CRP.8パラ3)。討論の中では、南アフリカから標題に関する意見があり、現在の標題(「核兵器禁止条約第1回締約国会合ウィーン宣言」(“Vienna Declaration of the 1st Meeting of States Parties of the Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons”)から「ウィーンで開催された核兵器禁止条約第1回締約国会合の宣言」(“Declaration of the 1st Meeting of States Parties of the Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons, held in Vienna”))に変更するよう求めました。南アフリカは、宣言の内容は普遍的な内容で特定の場所に結びつけるべきではないとの考えを示しました。メキシコはこれに反対し、アイルランドなどがこれを支持しました。これらの国は、多くの宣言や条約が、それが合意された場所の名称を採用していることを指摘しました。最終的にクメント議長は南アフリカこの提案を受け入れ、宣言はタイトルを変更して採択されました。
今後の締約国会合
第2回締約国会合
議長:ルイス・J・カンプサーノ(Luis J. Campuzano)大使(メキシコ)
日程:2023年11月27日 – 12月1日
場所:ニューヨーク国連本部
第3回締約国会合
議長国:カザフスタン
おわりに
第1回締約国会合は、50の行動を示す行動計画とTPNWの目的と目標を確認する宣言を採択して終了しました。2017年7月に採択され、2021年1月に発効したTPNWは、今回の締約国会合より、核兵器の法的禁止から廃絶に向けた具体的な取り組みをスタートさせることになりました。今回の会合は、廃絶に向けて「何をするのか」という行動を示した点が、最大の成果と言えます。その行動は、締約国だけでなく、国際機関や市民社会にも関わるものとなっています。行動計画には、市民社会という言葉が繰り返し書き込まれています。市民社会の果たす役割、市民社会を構成する一人ひとりの市民の役割に大きな期待が寄せられていることが、行動計画の特徴です。この特徴は、TPNW成立の経緯に由来するものです。
市民の役割が重要であるという点は、核兵器の禁止が条約という形式をとっている現在において、特別の意味があります。TPNWは、条約により核兵器そのものを初めて禁止しました。ただし、条約という形式のため、参加していない国(非締約国)には禁止の義務が及ばないという制約があります(事前解説②参照)。非締約国を条約に参加させるためには、その国の市民が政府に働きかけて政策を変更させる必要があります。そのため、TPNWの締約国数を増やす普遍化には、市民の力が不可欠となります。この点は、米国の「核の傘」のもとにある安全保障政策を採用する日本が、TPNWの締約国になるために引き続き重要であると言えます。
宣言では、核兵器がもたらす壊滅的な人道上の影響は、適切に対処することができず、国境を越え、人間の生存と幸福に重大な影響を与え、生存権の尊重と相容れないものである。核兵器は、破壊、死、移住をもたらすだけでなく、環境、社会経済的持続可能な開発、世界経済、食糧安全保障、現在および将来の世代の健康に、女性や少女に与える不釣り合いな影響に関しても長期にわたる深刻な損害を与える(パラ3)、ことが確認されました。これは、2013年にオスロで開かれた核兵器の人道上の影響に関する第1回国際会議の議長サマリーを確認するものです。
宣言が確認しているように、核兵器使用のもたらす影響は、国境を超えて地球的な規模に拡大しうるものです。問題は、その制御不可能な影響が空間にとどまるものではないところにあります。国際司法裁判所(ICJ)が1996年に核兵器使用の合法性に関する勧告的意見で指摘したように、核兵器使用の影響、とりわけ放射線による影響は、敵対行為が発生している期間にとどまらず、その終了時を超えて中長期的に持続しうるものです。ICJで口頭陳述を行った伊藤一長・長崎市長は、核兵器と通常兵器の根本的な違いは、前者は爆発時に放射線を放出することである、と指摘しています。
国際人道法の慣習法規則に関する包括的な研究[1] によれば、国際人道法の要請に従ってその効果を制限することができない戦闘の方法または手段を用いる攻撃は、「無差別攻撃」であるとされています。この規則は、「その効果が時間的、空間的に制御できない兵器」に適用されるとされています。国際人道法の観点からクラスター爆弾の問題を分析するアレクサンダー・ブレイテガーは、兵器の使用の影響に関わるジュネーブ諸条約第1追加議定書51条4項(c) [2]について一般論として、「意図として当初は一般的に軍事目標に向けられていたかもしれないが、その後、時間および空間において制御不可能になる兵器や戦術に対する禁止を意味している」と述べています [3]。
国際慣習法や議定書の定める「限度を超える影響」と、核兵器の使用に伴う放射線のもたらす時間的に制御不可能な影響との関係に焦点を当てることは、国際人道法における文民の保護という区別原則の目的に適うものです。核兵器による攻撃でもたらされる放射線の影響は長期にわたり、国際人道法が要求する制限の範囲に制御できません。それゆえに無差別攻撃にあたるという議論は、十分に可能であると考えられます。宣言のパラ3に関わるこの点を指摘していくことは、行動計画で期待されている市民にもできる行動ではないでしょうか。
このレポートをもちまして、ウィーン現地からの報告は最後となります。期間中、日本の皆さん、当地ウィーンで会議に参加されている皆さんより、温かい励ましの言葉を頂きました。この場をお借りして、心からの感謝を申し上げます。
別添(最終文書)
・宣言(速報版暫定日本語仮訳)
・ウィーン行動計画(速報版暫定日本語仮訳)
仮訳は、河合公明(核兵器廃絶日本NGO連絡会幹事/長崎大学大学院博士課程)、小倉康久(明治大学法学部講師、博士(法学))による。
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文責:河合公明(核兵器廃絶日本NGO連絡会幹事/長崎大学大学院博士課程)
[1] Jean-Marie Henckaerts and Louise Doswald-Beck, Customary International Humanitarian Law (Cambridge University Press, 2005), p. 43.
[2] 第51条 文民たる住民の保護
4 無差別な攻撃は、禁止する。無差別な攻撃とは、次の攻撃であって、それぞれの場合において、軍事目標と文民又は民用物とを区別しないでこれらに打撃を与える性質を有するものをいう。
(c)この議定書で定める限度を超える影響を及ぼす戦闘の方法及び手段を用いる攻撃
[3] Alexander Breitegger, Cluster Munitions and International Law: Disarmament With a Human Face? (Routledge, 2012), p. 45.