「原爆の日」平和式典スピーチを振り返る –– 歴代首相は、非核三原則をどう語ってきたか
はじめに
毎年、広島・長崎では、原爆が投下された8月6日・9日に合わせ、原爆による犠牲者を追悼し世界の平和を祈る平和式典が開催されています。
被爆81年を迎える本年は、高市早苗首相が広島・長崎で何を語るのか、とりわけ非核三原則の堅持を表明するのかが注目されています。直近の10年間、歴代首相のすべてが非核三原則の堅持を述べてきました。
そこで、本記事では過去15年をさかのぼり、歴代首相のスピーチの内容と、それに対する当時の受け止めを紹介します。
2010 年:菅直人首相(あいさつ全文)
「核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向けて、日本国憲法を順守し、非核三原則を堅持することを誓います」
この年の式典には、アメリカ政府の代表としてルース駐日大使や潘基文(パン・ギムン)国連事務総長が初めて参加しました。あいさつの中で菅首相は、被爆者の方々を「非核特使」に任命し、核兵器の非人道性を国際的に広めていく活動を後押しする考えも表明しました。
2011 年:菅直人首相(あいさつ全文)
「唯一の戦争被爆国として、究極的な核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向け、日本国憲法を順守し、非核三原則を堅持することを誓います」
この年の3月には東日本大震災が発生し、福島第一原発の事故後に開催された式典でした。そのため、菅首相は「原発に依存しない社会」を目指すことも表明しました。この首相発言に対して、広島県の湯崎英彦知事は式典の政治利用だと批判し、話題となりました。
2012 年:野田佳彦首相(あいさつ全文)
「日本国政府を代表し、核兵器の廃絶と世界の恒久平和の実現に向けて、日本国憲法を順守し、非核三原則を堅持していくことを、ここに改めてお誓いいたします」
野田首相を含め、民主党政権下の3年間のあいさつでは、非核三原則のみならず、日本国憲法を守っていくことが表明されている点が特徴的でした。この年の式典には、核保有国であるイギリスとフランスの駐日大使がそれぞれ初めて出席しました。
2013年:安倍晋三首相(あいさつ全文)
「核兵器の惨禍が再現されることのないよう、非核三原則を堅持しつつ、核兵器廃絶に、また、恒久平和の実現に、力を惜しまぬことをお誓いし」
安倍首相は、非核三原則の堅持や核廃絶の実現を語りました。一方で、あいさつ中の「私たち日本人は、唯一の、戦争被爆国民であります」との表現に対して、日本国籍以外の被爆者(朝鮮出身の被爆者など)を無視しているとして、在外被爆者の団体からの抗議がありました。これを受け、政府の担当者は「誤解が生じる表現だった」と釈明しました。
2014年:安倍晋三首相(あいさつ全文)
「核兵器の惨禍が再現されることのないよう、非核三原則を堅持しつつ、核兵器廃絶に、また、世界恒久平和の実現に、力を惜しまぬことをお誓いし」”
この年の安倍首相のあいさつは前年とほぼ同じであると話題になり、あいさつ文の「5割強が同じ」や「コピペ」といった批判を受けました。
2015年:安倍晋三首相 (あいさつ全文)
「被爆から七十年を迎えた今朝、私は、改めて平和の尊さに思いを致しています」
被爆70年の節目となった2015年の式典には、当時の過去最多となる100カ国・地域とEUの代表が参列しました。安倍首相の広島でのあいさつでは、非核三原則への言及がなく、被爆者などから不満の声があがりました。こうした批判を受け、3日後の長崎での式典あいさつでは、非核三原則への言及が盛り込まれました。
また、当時、平和安全法制の成立が大きな議論を巻き起こしており、首相のあいさつ中に参列者からやじが飛ぶ一幕もありました。
2016年:安倍晋三首相(あいさつ全文)
「唯一の戦争被爆国として、非核三原則を堅持しつつ、核兵器不拡散条約(NPT)体制の維持及び強化の重要性を訴えてまいります」
この年のあいさつで安倍首相は、同年5月にアメリカのオバマ大統領が現職として初めて広島を訪問したことに言及しました。
2017年:安倍晋三首相(あいさつ全文)
「真に『核兵器のない世界』を実現するためには、核兵器国と非核兵器国双方の参画が必要です。我が国は、非核三原則を堅持し、双方に働きかけを行うことを通じて、国際社会を主導していく決意です」
この年の安倍首相のあいさつでは、同年7月に採択された核兵器禁止条約(TPNW)への言及がなかったことに対して、被爆者などから批判の声が集まりました。
2018年:安倍晋三首相(あいさつ全文)
「真に『核兵器のない世界』を実現するためには、被爆の悲惨な実相の正確な理解を出発点として、核兵器国と非核兵器国双方の協力を得ることが必要です。我が国は、非核三原則を堅持しつつ、粘り強く双方の橋渡しに努め、国際社会の取組を主導していく決意です」
この年のあいさつでは、前年と同様、TPNWへの言及がありませんでした。また、この頃から、日本が核兵器国と非核兵器国の「橋渡し」役を果たす決意が述べられるようになっています。
2019年:安倍晋三首相(あいさつ全文)
「我が国は、『核兵器のない世界』の実現に向け、非核三原則を堅持しつつ、被爆の悲惨な実相への理解を促進してまいります」
この年のあいさつでも安倍首相がTPNWに言及することはありませんでした。また、広島と長崎の式典でのあいさつがほぼ同じであることがSNSで話題になりました。
2020年:安倍晋三首相(あいさつ全文)
「我が国は、非核三原則を堅持しつつ、立場の異なる国々の橋渡しに努め、各国の対話や行動を粘り強く促すことによって、核兵器のない世界の実現に向けた国際社会の取組をリードしてまいります」
この年の式典は、新型コロナウイルスの影響で一般の参列はなく、オンライン配信が強化されました。首相あいさつに対しては、TPNWに対して4年連続で言及がなかったことや、前年と同様に広島と長崎でのあいさつがほぼ同じだったことから、被爆者から「バカにしている」、「心に響かない」などの批判が寄せられました。
2021年:菅義偉首相(あいさつ全文)
「『ヒロシマ、ナガサキが繰り返されてはならない。この決意を胸に、日本は非核三原則を堅持しつつ、核兵器のない世界の実現に向けて力を尽くします』と世界に発信しました」
この年の菅首相のあいさつは「不勉強かつ不誠実」との批判を受けました。まず首相は、あいさつの冒頭、平和記念式典の正式名称である広島市原爆死没者慰霊式の「原爆」を「原発」と言い間違え、直後に言い直しました。
また、手に持っていた原稿の一部がのりで貼り付き、原稿をめくれず、「我が国は、核兵器の非人道性をどの国よりもよく理解する唯一の戦争被爆国であり、『核兵器のない世界』の実現に向けた努力を着実に積み重ねていくことが重要です」の箇所を読み飛ばしました。その後の記者会見で、首相は読み飛ばしについて謝罪しました。
2022年:岸田文雄首相 (あいさつ全文)
「我が国は、いかに細く、険しく、難しかろうとも、『核兵器のない世界』への道のりを歩んでまいります。このため、非核三原則を堅持しつつ、『厳しい安全保障環境』という『現実』を『核兵器のない世界』という『理想』に結びつける努力を行ってまいります。」
広島選出の岸田首相のあいさつは、原爆投下の悲惨さを伝えるため、多数の情景描写を盛り込んだ点を評価する声がありました。一方で、TPNWへの言及はなく、広島と長崎でのあいさつがほとんど同じであったことに対する批判もありました。
ロシアによるウクライナ侵攻を受け、広島市がロシアとベラルーシを招待しなかったことも波紋を広げました。岸田首相のあいさつでは、当初の草案にロシアを名指しで批判する文言が含まれていましたが、最終的に削除されたとされています。
2023年:岸田文雄首相(あいさつ全文)
「我が国は、引き続き非核三原則を堅持しながら、唯一の戦争被爆国として、『核兵器のない世界』の実現に向けた努力をたゆまず続けます」
この年のあいさつでは、同年5月に開催された広島G7サミットで各国リーダーが被爆者の体験を聞いたことや、サミットで発出された「核軍縮に関するG7首脳広島ビジョン」などの成果が強調されました。この式典には、当時、過去最多となる111カ国の代表らが参列しましたが、ロシアとベラルーシは前年に引き続き招待されませんでした。
2024年:岸田文雄首相(あいさつ全文)
「被爆の実相を後代に伝えつつ、非核三原則を堅持して、『核兵器のない世界』の実現に向けて努力を着実に積み重ねていくことは、唯一の戦争被爆国である我が国の使命です」
この年のあいさつでは、核軍縮をめぐる厳しい現状に触れながら、岸田首相が主導して立ち上げた、核兵器の原料となる物質の生産を禁止する条約(FMCT)推進のための有志国グループ(FMCTフレンズ)や、ユース非核リーダー基金などの取り組みの成果をが調されました。式典には、ロシア・ベラルーシが3年連続で招待されなかった一方、ガザへの武力攻撃を続けていたイスラエルが招待され、二重基準であると大きな議論が起こりました。
2025年:石破茂首相(あいさつ全文)
「非核三原則を堅持しながら、『核兵器のない世界』に向けた国際社会の取組を主導することは、唯一の戦争被爆国である我が国の使命であります 」
石破首相のあいさつでは、前年にノーベル平和賞を受賞した日本被団協への敬意を表した点や、広島で被爆した歌人・正田篠枝さんの歌を2度繰り返し読んだ点などが注目を集めました。全体として、石破首相のあいさつは「自分の言葉で語っている」との高い評価を受けました。
前年の招待国の選別に関する批判を踏まえ、この年の式典から広島市は、各国へ招待状を送る代わりに、日本と外交的つながりのある全ての国・地域に開催を「通知」するにとどめ、各国の自発的な参加を促す方式に変更しました。2025年の式典には、ウクライナやベラルーシ、パレスチナ、台湾などを含む、過去最多の120カ国・地域の代表が参列しました。
おわりに — 2026年の平和式典
今年度の式典には、過去最多を更新する127カ国・地域とEUの代表が出席を予定しています。核兵器保有国のうち、イギリス、フランス、インド、イスラエルはすでに出席の意向を示し、アメリカは調整中、中国、パキスタン、北朝鮮は未回答、ロシアは5年連続で出席しない予定とのことです。
高市早苗首相は広島と長崎での両式典にはじめて出席します。高市首相は被爆地で何を語るのでしょうか。
私たちも、原爆の犠牲者を追悼し「核兵器のない世界」に向けた決意を新たにする8月6日・9日にしていきたいと思います。
インターン 前田将太
(サムネイル画像はChatGPTによって生成)