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2025年05月13日

【2025NPTレポート】ジェンダーに関する議論の動向

 2026年核不拡散条約(NPT)再検討会議に向けた最後の会議となる第3回準備委員会が2025年4月28日から5月9日にかけてニューヨークの国連本部で開催された。本稿では、近年NPTでも注目を集めるようになった軍縮不拡散分野におけるジェンダーに関する議論(それらは、同分野における多様性の向上やジェンダー平等な参加を促す議論と、電離放射線が女性・女児にもたらす性差に基づく不均衡な影響に関する議論に大きく分けられる。詳しくはこちらを参照)について、第3回準備委員会での動きをレポートする。

2025年準備委員会:2つの作業文書

 第3回準備委員会に先駆け、ジェンダーの議論に焦点を当ててNPTの締約国が提出した作業文書(Working Paper)が2つある。

 1つは、NPT締約国のうち23カ国(日本を含む)と国連軍縮研究所(UNIDIR)が共同で提出した作業文書(NPT/CONF.2026/PC.III/WP.37)である。これは、2000年に採択された国連安保理決議1325号の「女性・平和・安全保障(Women, Peace and Security ―以下WPS)」アジェンダと軍備管理・軍縮、核不拡散との関連性や、NPTの場においてどのようにWPSに関する議論を進めていくべきか、という提言を含んでいる。

 WPSアジェンダでは、女性が、男性と等しく国際平和と安全保障のあらゆる分野に参加し、議論を主導する権利を有することが主張されている。この点に関連して、上述の作業文書(WP.37)では、NPT再検討プロセスにおける各国代表団の女性の割合に関する統計データを示し、「特に軍備管理・核不拡散・核軍縮の議論では女性の声はまだ十分に反映されていない」と指摘している。

 作業文書によると、昨年の2024年NPT第2回準備委員会では、参加登録者の33%、代表団の団長の30%、発言者の29%が女性であった。また、NPTが発効した1975年から2025年までに実施された過去の準備委員会および再検討会議で議長を務めた計47名の内、女性の議長は2名のみであり、「核兵器をめぐる多国間のプロセスで女性が議長を務めることは稀」であり、「リーダーシップのレベルが上がるほど課題は大きくなる」と指摘する。

 それらの現実を踏まえ、作業文書では、以下の3つの視点からNPTにおけるWPSアジェンダの関連性を強調し、WPSに関する決議が採択されて25周年を迎える今年、NPTでWPSアジェンダの充実を図る良い機会であると主張している。

  • ジェンダー平等や多様性を充実させることは会議、議論の結果や効率の向上に繋がるが、NPTの再検討プロセスにおいてまだ女性の声が反映できていないこと
  • 核兵器の使用による電離放射線が女性と女児に与える不均衡な身体的・社会的な影響とリスク
  • 原子力の平和利用の充実は、WPSのゴールでもある人間の発展、経済、社会の繁栄に寄与するものであるが、原子力技術分野においても女性の声が反映できていないこと

 これらの点を踏まえて、来年の第11回NPT再検討会議において、今回の再検討プロセスで行われたジェンダーの議論を見直すこと、代表団の女性参加を促すこと、締約国がジェンダーに関する研究に力を入れること、などを提言した。

 この作業文書は、2023年の第1回準備委員会に提出されたジェンダー主流化に関する作業文書と比べると、その焦点を主に女性に当てており、2000年のWPS安保理決議に沿った内容となっている。その結果、共同提出国の数も多くなっているように見受けられる。

 もう1つの文書は、ロシアが初提出した、昨今のジェンダーに対する国際的な関心の高まりに一石を投じる作業文書(NPT/CONF.2026/PC.III/WP.4)である。上記の23カ国による共同文書(WP.37)とは対照的に、ロシアは「過去数十年間、核不拡散、核軍縮、原子力平和利用の分野におけるジェンダー(すなわち男女)平等の議論は重要視されすぎている」との見解を示し、WPSの重要性は確認しつつも、数字のみの形式的なジェンダー平等を目指して女性を登用すべきではなく、性別に関わらず知識や能力に基づいてそれぞれの適任者を選別すべきであると主張している。

NPTにおけるジェンダー議論はどこへ向かうのか

 第3回準備委員会の全セッションを通してジェンダーに関する発言は確認できたが、来年の再検討会議への勧告案では、女性が男性と等しく参加できるよう促す(パラ8)という極めて最小限の言及に留まった。

 クラスター3の議論においてアイルランドは、NPT再検討プロセス強化の効率向上に向けてジェンダーについて発言し、作業文書(WP.37)に沿った形で、NPTの場において女性やジェンダーについての議論を深める必要性を強調した。同国は「第10回NPT再検討サイクルの中での最もポジティブであった進展の一つは、ジェンダーに関する議論と女性の参加に関する議論が、初めて、中身のある形(substantive)でNPTの三つの柱(核軍縮・核不拡散・原子力の平和利用)で行われたことである。この議論は今回のサイクルでも継続するべきである」と主張した。また、メキシコはアイルランドの発言に同意し、「ジェンダーに関するアプローチを後退(backslide)させてはならない」と続いた。 前回の第10回NPT再検討サイクルでは初めてNPT三つの柱すべてについてジェンダーの観点が議論され、合意はされなかったものの、初めて再検討会議の最終成果文書案にジェンダーに関する文言が入った。

 一方で、NPTにおけるジェンダーの議論は一枚岩ではない。ジェンダー平等を推進する方法やそもそもジェンダーという概念の認識をめぐって締約国間で多様な意見が存在し、そうした各国の相違がNPT以外の多国間交渉の場でも表面化してきているのが現実である。

 とりわけ、ジェンダーを「男女」にとどまらず、LGBTQ+などを含む「全てのジェンダー(all gender)」と包含的に定義する試みやジェンダーの多様性を推進する動きに対しては、各国間で明らかな温度差が存在する。実際に、2022年のNPT再検討会議[1]、2023年の核兵器禁止条約第ニ回締約国会議[2]、2024年のIAEA 核セキュリティ会議[3]などでもこの点が議論の対象となっており、会議の最終成果に少なからず影響を与えている。従来ジェンダーの多様性を積極的に推進してきたアメリカも、新大統領就任演説やその後の方針に見られるように、今後はジェンダーの男女二元論の考えに基づき、多様性、公平性、包摂性に関しては慎重な姿勢を示すことが予想される。

 これらのことは、今後のNPTにおけるジェンダー議論の方向性を左右するであろう。ジェンダーが軍縮・不拡散の多国間会合における論点の1つとなった今、来年の再検討会議における合意形成という観点からも、各国のジェンダー認識やアプローチの違いを注視していく必要がある。

 第3回準備委員会最終セッションでは、議長を務めたガーナのハロルド・アジェマン大使が、議長を除いた全員が女性で構成されるガーナ議長団に対してお礼を述べた。会場は大きな拍手に包まれ、2週間の会議は幕を閉じた。

軍備管理協会リサーチアシスタント
倉光静都香


[1] エジプト、イラン、キューバ、スリランカなどがジェンダーに関する議論に懸念を示した。

[2] バチカンは解釈声明で自らにとってのジェンダーの定義について説明した。

[3] イランのジェンダー平等に関する文言の反対により閣僚宣言が採択されなかった。

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